メリーと訪問者
その夜は、収穫祭の打ち合わせの為に、お父さんや村の大人達が町に出かけてしまっていました。
宿は、食事を終えたお客様達がお帰りになった後、泊まり客の数人がお酒を囲んで打ち合わせをするぐらいの、穏やかな時間。
私は、翌朝の仕込みを済ませ、厨房の片付けも終わって、お父さんの帰りを待ちながら宿のお客様達とカウンターでお話しをしていました。
「邪魔するよメリー、アンジェラを呼んでくれんか」
「フィリップさん?」
門番のフィリップさんが玄関から半身だけを内側に入れて声をかけたので、少し驚きました。
少々お待ち下さいと返事をし、弟君たちの寝る準備のために席を外していたお母さんを呼ぼうと、階段を登りながら、その時は、珍しいな。とだけ。
_門番のフィリップさんが遅い時間にうちで飲むのは初めてかな?
村でお酒を出す唯一の場所なので、男の人達が仕事帰りに立ち寄ることも多いけれど、フィリップさんは家で待つ娘さんの為に仕事終わりは直帰するので、うちで飲む姿を見たことはありませんでした。
「フィリップが?珍しいわね。いいわ、聞いてくる。メリーもそろそろ寝る準備をなさい」
_またミリエラちゃんが料理で失敗しちゃったかな?
最近彼女は、いかに肉を硬く焼くかにこだわりを持っている。
『硬い肉に噛り付くお父さんが格好良いのよ!』
との理由により、毎食肉、肉、肉責めらしい。なので、フィリップさんは時折「野菜を食わせろ」と昼食に立ち寄ることがあるのだ。
_朝食用のスープならお腹に優しいからお勧めしようかな?
一度は自分の部屋に戻りかけたが、
スープと柔らかいパンならありますよ
声をかけようと、階段を降りた。
すると、フィリップさんの隣にはお母さんではなく、でも見慣れた姿が。
「あれ?レイラさん?」
「こんばんはメリー。あー、ちょっとコレ、持ってくれない?」
夜服の上から厚いガウンを羽織っただけのレイラ。いくら隣とはいえ、まだ泊まり客のいる時間に酒場に現れる姿ではない。
どうしたのだろう?
とりあえず差し出されたものを受け取ろうと近寄ると、見慣れぬ壺を渡された。液体が入っているのか、ずしりと重い。
「この壺がどうかしたの?」
「落とさないで両手で持ってね。
ちょっと顔のあたりまで持ち上げて」
壺には何故かゆるく縄が巻かれていた。持ち歩き用の結び方ではない。
しかも縄は解けているのか、床に垂れている。
言われた通りに顔の位置まで上げると、レイラは緩んだ縄をずるりと引き落とす。
「ん?」
両腕に何重かの縄の輪がかかり、メリーが戸惑っている間に、
レイラは輪の上下を垂れていた縄を通して結び、
残りの部分を控えていたフィリップに渡す。
「おう、ちと椅子登るぞ」
「どうぞ~」
「お母さん?」
何故かフィリップさんは机に乗せた椅子に登って天井の梁に縄を結びつけ、
お母さんとレイラは店の窓を閉めている。
泊まり客達は壁際の席で、どうした、何だと首を傾げていた。
壺を捧げるように持ち上げたまま、
両肘をくっつけた形で縛られてしまったメリーは、身動きが取れない。
「何で要件を伝えるのにここまでしないといけないんだ。あー、メリー動かずに聞いとけよ」
「メリー、壺の中身は貴重なシロップなの。こぼさないでね」
「フィリップさん?レイラさん?」
「大丈夫よ、メリー」
「お母、さん?」
大丈夫と呟く声が少し震えている?
「あー、メリー、ここにいる奴らも聞いてくれ。町側の街道に夜盗が出たと報告があった。乱闘になり、怪我人が出たらしいが、詳しい事はわからん。
今現在、村の門は閉じている。
朝になって、詳細がわかるまで村以外の人間の出入りを制限することになる。今アンジェラに聞いたが、夜間に出発予定はいない、でいいか?」
「えぇ、今日の泊まりはレプス商会さん達だけだわ」
「そうか。兄さんらには悪いが、状況によっては2、3日出発を遅らせてしまうかもしれん。村の規則でな。その場合は宿代、飯代は村が持つ」
兄さんと呼ばれたのは、若手の一人でユーシェと呼ばれているレプス商会の青年。
「村の規則はわかってるっすよ。大変な時ですからね、協力するっす。今ここで飲んでる奴以外の7人は先に部屋に戻って寝てますけど、起こしやしょうか?」
「姉さん5人とチビ2人だろ?大丈夫だ。悪いな、レプス商会を疑ってるわけじゃないが、」
「かまいません。指示があるまで宿から出ないと約束するっす」
「感謝する」
盗賊が出たのなら、門を閉じるのは当然の事。宿の客を外に出さないのは
彼らの安全の為でもあるが、盗賊と無関係であると証明が必要だから。
乱闘があり、怪我人が出たとフィリップは言ったが、捕まった逃げたの情報は明かさない。
盗賊の中には商人や旅人を装い少人数で移動し、手引き役をつとめる者がいるからだ。
信頼の厚いレプス商会だ。万に一つも可能性が無いとわかっていても、規則を曲げることは出来ない。
ユーシェだけでなく、仲間達も不愉快な顔をせずに頷いて見せた。
旅生活の長い彼らにとっては珍しくない慣れた出来事かもしれない。
そして、慣れていない娘が一人。
「聞いてたな、メリー。今日はレイラをここに泊めるから、アホな事するなよ。アンジェラ、悪いが次の家に着いて来て欲しい」
「わかったわ。お客様、申し訳ありませんが今日は」
「いいっすよ。俺らも部屋に戻りますから」
「ありがとうございます。レイラ、戸締りをお願いね。メリー、早く寝なさいね」
礼を済ませて慌ただしく宿を出て行ってしまった二人を、メリーは突っ立ったまま静かに見送っていた。
レイラは自らのガウンをアンジェラの肩へかけて二人を宿の玄関から送ると鍵を閉め、残っていた10人ほどのレプス商会の若手へ、にこやかに礼を言いつつ机の空いた皿を片付け始めた。
「申し訳ないですね。せっかくお酒をお楽しみ中でしたでしょうに」
「いやいや、大丈夫っすよ、それより」
「明日は何かお菓子を差し入れしますわ」
「楽しみです、いやそれより」
メリーさん、大丈夫なんすか?ずっとこちらを睨んでますよ?
男達が聞き分け良く引き下がった理由。
縄で縛られた少女が、その瞳を深い青に染めてレイラを凝視しているからだ。
「…レイラさん、縄を解いてくれませんか?」
「…ちっ」
別に縄で縛るだけなら壺を持たせる必要はなかったが、油断させる以外にもメリーの目を直視したくなかったからでもある。
_盗賊?_怪我人?…お父さんは?
「縄を、解いて下さい」




