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第08話 声を聞いてみたい

 翌朝、昨日のドラゴン育成について調べた画面を開き、美月の机へ向かった。


「美月、昨日のやつ、ちょっと調べたんだけど」

「なになに?」


 攻略記事を開いたスマートフォンを机へ置くと、美月がすぐ隣へ寄ってくる。

 画面を二人で見られるよう中央へずらし、昨日選んだ能力の組み合わせを指した。


「ここ、こっちを伸ばした方が良かったんじゃない?」

「あー、それね。でもそこだけ上げても駄目だよ。こっちと組み合わせないと」

「だから途中で勝てなかったのか」

「育成途中のせいもあるけどね」


 美月の顔は相変わらず近い。

 昨日ずっと横から画面をのぞき込まれていたせいか、もう驚いて身を引くほどではなくなっていた。


 隣の席から本を閉じる音がした。白石が、スマートフォンを挟んで並ぶおれたちを見ている。


「琴ちゃん、これなら分かる?」


 美月は当然のように白石も会話へ入れ、画面をそちらへ傾けた。


「条件次第」

「白石、これ知ってるの?」

「少し」


 美月が三つの能力値を指すと、白石は迷わず一番下を選んだ。


「先にこれ。あとで上げやすいから」

「やっぱ詳しいじゃん」

「知ってるだけ」


 白石は短く返したが、画面から目を離さない。

 おれが記事を下へ送ると、今度は自分から別の項目を指した。


「こっちは罠。見た目ほど上がらない」

「昨日選んだわ」

「ざこ」

「白石まで言うようになったな!」


 口元をわずかに上げた白石へ文句を言うと、美月がおれたちを交互に見て楽しそうに笑った。


 白石の口から漏れた言葉をきっかけにシイコのことが脳裏をよぎる。

 シイコは、どんな声で笑うんだろう。

 毎晩話して、コメントを返す速さまで分かるのに、「ざこ」と打ちながら本当に笑っているのかは知らない。



*


 その夜、配信の終わりに翌日のゲームを告知した。


「明日は昔のカートレースやる。短いコースで対戦できるやつ」

《ユズ:だれかと対戦する?》

「まだ決めてない。おれが一人で勝ち続ける配信でもいいけど」

《タク:一人なら勝てるな》


 配信終了のボタンへ置いていたカーソルを止め、おれはコメント欄を見直す。


「それ勝ってるって言わねえだろ」

《シイコ:一人で走るの?》

「一人でもできるけどさ」


 画面に映るシイコの名前を見る。ゲームの告知は終わったのに、配信終了へ伸ばした手が止まった。


「シイコ、明日の対戦、通話しながら一緒にやらない?」


 言った途端に後悔して、返事を待てずに言葉を足した。


「嫌なら別にいいけど。通話が無理なら文字だけで――」

《シイコ:やる!ナオと対戦したい》


 返事は思っていたより早かった。迷っていたのが馬鹿みたいな即答だ。


「ほんとに?」

《ミナト:誘った方が動揺してる》


 ほかの視聴者に拾われて初めて、自分の声が上ずっていたことに気づく。


「うるせえ。確認してるだけだ」

《シイコ:何回確認するの?ナオの方が嫌なの?》

「じゃあ明日、配信の前に接続しよう」

《シイコ:分かった。ボコられる覚悟しておいてね》


 約束が決まり、予定時刻を配信欄へ打ち込む。


「初心者なんだから、手加減しろよ!」

《シイコ:対戦に手加減なんてないけど?》

「今から嫌な予感しかしない」

《シイコ:もう逃げる?w》


 挑発する一言が、決まったばかりの予定時刻の下へ表示される。


「逃げねえよ。明日、絶対勝つ」


*


 翌日。


 約束の十分前にメッセージアプリの通話画面を開いていた。

 通話ボタンを押すと直ぐにシイコとの音声が繋がる。


「もしもし?」

『逃げずに来たね』


 明るい声がヘッドホン越しに届く。


「聞こえる。なんか、普通だな」

『何を想像してたの?』

「もっと低い声で『ざこ』って言うのかと」

『ざこ』


 意識して作ってると分かる低い声で告げられる。


『これで満足?』

「言わんでいいわ!」


 音声を確かめて配信を始めると、待っていた視聴者のコメントが流れ始めた。


《タク:声でも本当にそのままだな》

《ミヅキ:ナオ、声でももう負けてるw》


 今もシリーズが続いている、有名なカートレースの初代を始める。

 選んだのは、宇宙に浮かんでいるような色鮮やかなコースだ。

 道の脇に柵はなく、コースの外へ出ればそのまま落下する。


 二台の車がスタートラインへ並び、カウントに合わせてエンジン音が上がる。

 シイコの声は最初の一言よりもう少し大きくなり、青いシグナルが灯る前からこちらの操作へ口を出してきた。


「これくらいなら初見でも勝てる」

『その自信どこから来るの?』

「難しいゲームで鍛えられてるからな」

『死ぬことに慣れただけでしょ』


 最初の曲がり角でおれが前へ出る。車体の横では、虹色の路面がきれいに切れ、その先には暗い宇宙しかない。


「見たか!」

『次、右。そのままだと落ちるよ!』

「うるせえ!分かってる!」


 曲がりきれず、車体が道から落ちた。

 カートは虹色の路面から投げ出され、宇宙の中へ小さく落ちていく。

 コースへ戻されるまでの間に、通話からはこらえきれない笑い声が弾けた。


『あはは!ざぁこ!落ちた!』


 笑い声に重なって、配信画面からギフトの通知音が鳴る。


《[100pt]シイコ:初落下》

「隣で喋ってるのに投げるな!」

『記念だから』


 復帰したカートが路面へ戻り、後方の順位から走り直す。


「お前、声でもそのまんまなんだな!」

『負けてる人がなんか言ってる!』


 復帰して追いかけるが、シイコは速い。柵のない曲がり角を減速しすぎずに抜け、妨害まで正確に当ててくる。

 同じ色の道を走っているのに、シイコのカートだけがまともに前へ進んでいく。

 追いついたと思えば、後ろから飛んできた妨害で回転させられ、順位表示はすぐ最下位へ戻った。


「初心者相手に容赦なさすぎない?」

『私の辞書に手加減って文字はないから』

「おれが逆転しても泣くなよ」

『追いついてから言ってね。ざぁこ』


 シイコは言葉へかぶせて笑い、おれもコースから目を離さないまま言い返す。


《タク:シイコさま煽りながらなのに、めっちゃ上手い》

《ミヅキ:実力差は明らかだ!》

「だろ?会話する隙がないくらい煽ってくる」

『言い返してる暇があるなら前見て!』


 言われた直後にまたコースの外へ飛び出した。


《ミナト:ナオまた最下位》

《ミヅキ:シイコ強い!ナオ全然追いつけてないw》

「まだ一周目だから!」

『さっきも同じこと言ってた』


 何度目かのレースで、妨害がうまく当たり、どうにか一度だけ先にゴールへ滑り込む。


 一位の表示が画面を埋めると、コメント欄が一斉に動く。

 大げさな反応ばかりなのが気に入らないが、通話の向こうが黙ったことの方が面白かった。


《ユズ:ナオが勝っただと?》

「そこ驚くな!」

『その一回はなし』


 おれが落ちればシイコが笑い、おれが勝てば本気で悔しがる。コメント欄も順位が入れ替わるたびに流れ、気づけば日付が変わりかけていた。


「今日はここまで。シイコもありがとな」

『次は負けないから』

「今日、一回しか負けてないやつの台詞じゃねえよ」

『その一回が悔しい』


 通話を切る前に、もう一度誘う。


「また一緒にやろう」

『うん。またね』


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