第07話 行けばよかった
金曜の放課後、水瀬が古いゲームのケースをおれと匠の机へ置いた。
「ドラゴンを育てて戦うやつ。ナオ、こういうの好きそう!やってみない?」
「それなら、うちなら本体もあるな」
「じゃあ日曜やろうぜ。おれも行く」
匠が勝手に話をまとめ、水瀬もその場でうなずく。三人で家に集まってゲームをするだけなら、何も考えずにいられた。
日曜の朝、匠から謝罪の言葉が三つ並んだメッセージが届いた。
『悪い!今日の用事、完全に忘れてた!おれ行けねえ!』
「当日に思い出すなよ……」
水瀬へ連絡すると、返事より先にインターホンが鳴った。
玄関を開けたところで、水瀬がスマートフォンを見せてくる。
「タクくん、無理なんだって」
「今知ったのかよ」
「だから、琴ちゃんも誘ったんだけど、無理だって。残念」
画面には、水瀬の『琴ちゃん来ない?』に対する『無理』の二文字が残っていた。
「じゃあ今日はやめる?」
「なんで?二人でもいいよ?」
少しゆるいTシャツにミニスカートといった姿の水瀬は、古いゲームのケースと記録用のカードを掲げておれの横を通り抜ける。
「私の子はもう育ってるから、ナオも一匹育てて対戦しよ!」
女子を一人で自分の部屋へ通すのは初めてで緊張してるおれを他所に、水瀬はテレビの前へ座るなりケースを開いていた。
まぁ、水瀬が気にしないならいいか。
「水瀬なにのむ?」
「コーラ!あと美月でいいよ。私もナオって呼んでるし」
「じゃあ、美月」
「うん!」
黙ると余計に二人きりなのが気になる。ゲーム機をつないで起動画面が出たところで、配信用のスマートフォンを手に取った。
「配信するか」
「もう?」
「せっかくだし。ゲーム画面も見せられるだろ」
普段の配信機材には古い本体から伸びる三色の端子が入らない。
今日はテレビへカメラを向け、近くに置いたスマートフォンのマイクで声を拾うことにした。
配信を始めると、少し傾いたテレビ画面の下へコメントが流れる。
《タク:本当に始めたのか》
「来られなかったやつが最初に書くな」
《ミヅキ:画面ちゃんと映ってる?》
「隣にいるのにコメントで聞くなよ」
美月の笑い声までマイクが拾った。
《シイコ:女の子と二人だと喋れないから、配信に逃げた?》
「違う。サービス精神」
半分当たっているのが腹立つ。
育成画面に現れた小さなドラゴンへ名前をつける。休ませるか、能力を伸ばすか。選択肢を動かすたび、美月の手が横から伸びてきた。
「そっちじゃなくて、こっち上げようよ」
「おれのドラゴンだぞ」
「それだけ伸ばしても勝てないって。ほら、こっちとの組み合わせ」
画面を指すために身を乗り出した美月の肩が触れる。ゆるいTシャツ越しにも分かる豊かな胸元が視界へ入り、コントローラーを持つ指が止まった。
「ナオくん、聞いてる?」
「聞いてる。近いって」
「見えないんだもん」
さらに前へ出た美月の緩い襟元から慌てて目をそらすと、本人はようやくおれの顔を見た。
「ナオのえっち。画面見て!」
「悪い!」
美月は胸元を直したものの、体勢は変えないせいで直した意味がまったくない。
「見えて困るなら、こんな格好で来ないよ。気にしすぎ!」
「じゃあ注意すんなよ!」
「だからって、まじまじ見るのは別でしょ」
何だその線引き。コメント欄では、姿が映っていないせいで憶測だけが加速していた。
《タク:何があった》
《ユズ:音しかないのが逆に気になる》
《[100pt]シイコ:ナオ、また操作止まってるけど?ちゃんと画面見て》
「今戻った!」
最初はおれが決めていた育成方針も、気づけば一つずつ相談して選ぶようになった。
美月が攻撃を推し、おれが体力を選び、二人で数字を見比べる。
成功した時には、美月の上げた両手がおれの腕へ当たった。
「結構強くなったね。私たちの子供だね!」
コントローラーを握ったまま固まったおれを置いて、美月は次の育成項目へカーソルを進める。
「よーし、もっと強くするぞ!」
《ユズ:ナオ、夫婦発言に完全に固まってるじゃん》
「いや、言い方が!」
《シイコ:ゲームのドラゴンでしょ?何を想像したの?》
コメント欄へ笑う文字が続き、美月まで肩を揺らしている。
「何も想像してねえよ!」
おれだけがおかしいみたいになっているが、今の言い方で何も思うなという方が無理だろ。
育成途中にもかかわらず、美月は待ちきれずに対戦を選んだ。こちらは今育てている一匹。向こうは持参した記録から呼び出した、十分に育ったドラゴンだ。
「条件おかしくない?」
「実戦経験も大事!」
開始直後、おれたちのドラゴンは正面から攻撃を受けた。体力表示が一気に消え、反撃する間もなく倒れる。
《シイコ:私たちの子、即死したけど》
「お前の子じゃねえ!」
《ミヅキ:次はもっと強くしようね!》
「だから隣でコメントするな!」
圧勝した美月は楽しそうで、もう次の育成方針を話し始めている。
次はまともな勝負ができるように、おれたちは育成を再開した。
*
SIDE:琴
配信が終わっても、スマートフォンに表示された水瀬さんとのメッセージを眺めていた。
『琴ちゃん来ない?』
『無理』
急に相沢くんの家へ行くなんて無理だった。
学校の外で会って、同じ部屋に入って、ゲームをする。
誘いを読んだだけで、何を話せばいいのか分からなくなった。
それなのに、断ったあとの配信は最後まで見た。
美月の笑い声。
相沢くんの慌てた声。
画面にはドラゴンしか映っていないのに、二人が隣で同じ数字を見ていることだけは分かる。
『ナオのえっち』
何があったのか気になって仕方がない。
『私たちの子供だね』
その言葉に固まった相沢くんを、シイコとして笑った。
笑えたのに、少しも面白くなかった。
水瀬さんは誘ってくれたのに、自分で断った。
返事を打つ欄へ指を置く。
『また誘って』
そこまで入力して消した。
今度なら行けるなんて、まだ言えない。
ただ、次に同じメッセージが来た時も『無理』と返すのは、もっと嫌だった。




