第05話 氷姫のおすすめ
昼休み、弁当を食べ終えてスマートフォンを触っていると、隣から声がした。
「相沢くん」
「ん?」
白石が小さな紙を両手で持ち、おれへ差し出している。
受け取ろうと手を伸ばすと、白石は一瞬だけ指を引き、それからもう一度腕を差し出してくる。
「このゲーム、おすすめ」
何度か折り直したらしく、中央に薄い筋が残る紙には、古いゲームの名前が書かれていた。
「白石のおすすめ?」
「うん」
「配信でやれってこと?」
白石の指先に力が入る。
「おすすめしただけ」
それだけ言うと、白石は逃げるように本を開いた。
*
夜、白石に薦められたゲームを始めた。
車に変形するロボットを操って進む、昔のアクションゲームらしい。かなり理不尽な作りで知られているようで、タイトル画面を映しただけでコメント欄がざわついた。
ロボットと車を切り替えながら、横へスクロールする道を進んでいく。操作説明を確認している間にも、開始を急かすコメントが増えていった。
《ユズ:初めて見る》
「知り合いのおすすめ。たぶん面白いやつ」
《ゴッドF:いい趣味の知り合いですね》
「本人は普通に薦めてきたから大丈夫と信じたい」
開始ボタンを押す。ロボットが画面に現れた。
そして、その直後、背景に紛れるほど小さな敵弾が正面から飛んできて、機体が爆発した。
「待て待て待て!まだ動かしてない!」
《ミナト:一秒はあった》
「一秒で何しろってんだよ!」
《シイコ:避ける!》
スタート地点へ戻ったロボットの正面から、また小さな弾が来る。
《シイコ:ざこ》
「これ薦めたやつ、おれに恨みあるだろ!」
《ユズ:おすすめした人見てる?》
「見てたら今すぐ説明してほしい」
今度は開始と同時に弾を飛び越え、ようやく画面を右へ進めた。
《シイコ:さあ?ナオ、何か恨まれることしたんじゃない?w》
「薦めた本人はこれクリアしたのかな」
《シイコ:本人に聞いてみれば?感想もちゃんと言ってあげなよ》
何度もやり直し、どうにか第一面を越えたところで切り上げた。
*
翌朝、白石は教科書を開いていた。
「白石」
「何?」
「なんだよ、あのクソゲー!」
白石の目が少し見開かれ、口元がほどける。
「クソゲーはレトロゲーの華だよ」
小さいけれど、確かに笑っていた。
前の席の匠と、その横へ来ていた水瀬が同時に振り返ったことに気づくと、口元を戻して教科書へ目を落とした。
「琴ちゃん、今笑った?」
「笑ってない」
「笑ってたよね、ナオ?」
水瀬に振られ、もう一度白石の口元を確かめる。
「笑ってたな」
「二人ともうるさい」
いつもと違う白石の返事に、水瀬と二人でまた笑っていた。
*
その夜は、白石に薦められたゲームをもう一度触れ、切り上げたあとも少しだけ雑談を続けていた。
オープニング画面の音楽が繰り返される中、残っていた視聴者が一人抜ける。
コントローラーから手を離し、椅子へ深く座り直す。
ゲームの動きが止まると、コメント欄の動きはゆっくりになっていく。
《ミナト:先落ちる。おやすみ》
「おやすみ。次は最後まで見ろよ」
《ミナト:死ぬ回数減ったら》
「じゃあ永遠に無理じゃねえか」
コメントの流れが止まったところで、シイコが学校の話を振ってきた。
《シイコ:最近、隣の席の子どう?》
「どうって?」
《シイコ:仲良くなった?》
「ゲームを薦められた。あと、おれにだけ笑ってくれた」
終了画面の主人公は、おれの返事とは関係なく同じ動きを繰り返している。
《シイコ:へえ。ナオにだけ笑ったんだ?ずいぶん嬉しそうだね》
「惚れられてるのかな?」
冗談で言うと、シイコのコメントが途切れる。
視聴者数は一のまま変わっていないのに、自分の声だけがヘッドホンへ返ってくる。
「自分で言ってて恥ずかしくなってきた。今のなし」
《シイコ:可能性はあるんじゃない?》
「ある?」
《シイコ:本人じゃないんだから知らないけどw》
期待させた直後に突き放すコメントが投げられて、椅子の背を鳴らして座り直す。
「どっちだよ」
《シイコ:でも、私と話してた方が楽しくない?》
「なんで張り合ってんだよ」
《シイコ:煽られてるの好きでしょ?》
さっきまで止まっていたコメントが、今度は返事を待たずに続きはじめる。
「好きじゃねえよ!」
《シイコ:毎晩嬉しそうだけど》
「お前が楽しそうだからつられてるだけだ」
《シイコ:じゃあ、私と話すのは楽しいんだ》
うまく言質を取られた気がする。
シイコはいつも最後まで残って話し相手になってくれる。
それを楽しみにしている自分がいるのも確かだった。
「まあ、それはそうだな」
《シイコ:私もリアルじゃ友達いないから、ナオと話してるの楽しいよ》
「シイコは煽るのやめないと、友達できなそうだしな」
またシイコのコメントが止まる。
配信を閉じようとした指を止めると、短い問いが流れてきた。
《シイコ:流石に、これが素な訳じゃないよ?楽しくてテンション上がってるだけ》
「ふーん、じゃあ普段なら話しやすいのかもな」
日常からこのテンションで煽りまくってる訳じゃないなら安心だ。
そんな奴がクラスにいたら、おれなら近づかない。
《シイコ:会いたい?》
「急だな」
《シイコ:リアルの私》
画面の向こうにいる女子高校生の顔は浮かばない。それでも、おれが失敗するたび笑っている姿なら簡単に想像できた。
「会って話したら楽しそうではある」
《シイコ:へえ、私と会ったら楽しそうなんだ?》
「なんか嬉しそうじゃない?」
《シイコ:気のせい。ナオのくせに生意気だなって思っただけ》
なにか、いけない会話をしている気分になって配信を終わらせに入る。
「じゃあ、この辺で今日は終わるぞ」
《シイコ:ナオ、おやすみ》
「あぁ、おやすみ」
配信終了へカーソルを合わせると、その直前にもう一行が届く。
《シイコ:会ったら、もっと楽しいかもよ?》




