第02話 シイコさんは何歳ですか
翌朝、白石はいつもどおり隣の席で本を読んでいた。
通路を歩いてきた女子が白石の机の前で立ち止まる。
「白石さん、今日のお昼、一緒に学食いかない?」
白石は本から顔を上げ、相手を見る。
「無理」
「あ、うん。ごめん」
女子が離れてからも、白石は一度だけその背中へ顔を向ける。
やがて本へ戻るが、指は同じ行の上で止まっている。
昨夜、画面越しの知らない相手とは散々しゃべったのに、隣の白石へ向ける一言の方が妙に出しづらい。鞄を机の横へ掛けてから、こちらを見ない横顔へ声をかけた。
「おはよう」
声をかけると、白石の肩がわずかに跳ねる。
ゆっくり顔を上げ、おれの方を向いた。
「おはよう」
返事をした白石は、すぐ本へ視線を戻した。
*
配信を始めると、昨夜も見た名前がコメント欄に並んだ。
その中にシイコの文字を見つけて、嫌になる。
《シイコ:今日は何回落ちる予定?》
「もう死なねえよ。おれは成長する配信者だからな」
《タク:昨日は動く足場で何機使った?》
「お前まで覚えてなくていいんだよ」
今夜選んだのは、暴れ出したロボットたちを倒していく、有名な古いアクションゲームだ。
腕から弾を撃つ主人公が、不安定な足場を通りながらボスを目指す。
ステージで何度も落ちて、バカにされながらも、なんとかボスにたどり着く。
残機はもうない。
ここで死んだらまた一からやり直しだ。
《シイコ:一応教えとくけど、弾に当たって》
「いや、ダメージ食らうだろ!」
ボスの弾を避けながら、少しずつダメージを与えていく。
そして、弾をかわしたところで、敵の本体とぶつかり、体力表示がまとめて減った。
「ちょっ、体当たりで三割くらい持ってかれたぞ!」
《シイコ:だから、弾に当たって無敵中にすり抜けて!》
「いや、わざと食らったらダメージ受けるだろ!」
《ユズ:シイコ先生の言うこと聞きなさい!》
次の弾を後ろへ避けると、その分だけ敵本体との間が詰まる。
逃げ場をなくし、また体力を削られた。
「食らう前提の攻略かよ」
《ゴッドF:無敵時間の有効利用も戦略ですよ》
敵が次の弾を撃ち、狭い通路を進んでくる。
「じゃあ、シイコもそうやって抜けてんの?」
《シイコ:私は普通に全部避けるけどw》
主人公の体力は、あと一撃分しか残っていない。
「じゃあおれにもノーダメの方教えろよ!」
《シイコ:ナオには百年早い》
「決めつけるな!」
そんなやり取りの中で、呆気なくゲームオーバーの文字が表示された。
《シイコ:ざぁこ!》
*
シイコは三日目も、四日目も来た。
おれが足場へ飛び乗り損ねれば《シイコ:また落ちるの?w》、ボスに負けそうになると《シイコ:その武器じゃないけど?》そんな煽りを投げつけてきた。
そんなシイコに便乗してミナトがゲームオーバーの回数を数え始めた。
そして、本当に詰まって聞いた時だけシイコがちゃんと答えをくれる。
画面が切り替わるより先にシイコの指摘が届き、おれが言い返すとタクやユズが横から乗ってくる。視聴者数は十人前後のままでも、コメント欄が止まる時間は初日より短くなっていた。
ある夜、配信を始めてもシイコの名前がない。
「今日は口の悪いやつがいないから平和だな」
《ユズ:だれのこと?》
「いつも一番におれをざこって言うやつ」
《シイコ:遅れた!私の事話してた?》
見慣れた名前が、コメント欄の下へ滑り込む。
「口が悪いって言われて、自分のことだって分かるのすごいな」
止まっていた指で、主人公を先へ進める。
《タク:おれも分かるぞ?》
「お前には、リアルでも言ってるから話がちげーだろ」
《シイコ:ざこなんだから仕方なくない??》
「言い返せねぇ!」
ゲームの主人公は、返事を待つ間も同じ場所で足踏みを続けている。
《シイコ:長湯しすぎた。ナオと違ってちゃんと入るから》
「おれもちゃんと入るわ!」
《シイコ:想像した?キモっ!》
「してねぇよ!」
休憩中に飲み物を取りに行くと、コメント欄で飲み物の話になっていた。グラスを机へ置き、流れた文字を少しさかのぼる。
ゲーム中には攻略と失敗の話ばかりだった名前が、それぞれ好きな飲み物を書いている。
「シイコさん何飲んでるんですか?」
《シイコ:紅茶飲んでる》
「あー、酒とかじゃないんだ」
《シイコ:え?私、いくつだと思ってるの?》
間を置いて、短いコメントが流れる。
《シイコ:ちょっと正直に答えてみて》
「え……」
《ユズ:それ答えて大丈夫?》
さっきまで飲み物の話で流れていたコメント欄が、ぴたりと止まる。
《シイコ:誤魔化さないでね》
「怒らない?」
《シイコ:内容によるけど、先に聞いてあげる》
その答えでは何の保証にもならない。
「古いゲームめちゃくちゃ知ってるし……三十代?」
《ミナト:攻めたな》
「レトロゲー詳しいお姉さんかなって」
《シイコ:具体的には?》
逃げ道を求めて画面の前で指を三本、次に四本立てる。
自分でもろくな予想ではないと分かっていた。
「三十五くらい?」
《[300pt]シイコ:最悪!》
「金払って悪口言うなよ!」
《シイコ:高校生なんだけど!》
赤いギフト表示の下にその言葉が続いた。
「嘘だろ!?」
《シイコ:本当!なんでそこまで驚くの?》
同じ教室にいてもおかしくない年齢だ。
止まっていたコメント欄が一気に流れる。
《タク:ナオ終了》
《ユズ:同年代だった》
「お前ら、知ってたのか?」
《タク:今知った》
味方を探して視聴者一覧まで開いたが、助けてくれそうな人はいなかった。
「知らなかったんだから仕方ないだろ。だったら最初に言ってくれよ」
《シイコ:聞かれてないし、ゲームするのに年齢いらないでしょ》
「シイコさんとか呼んで損した」
《シイコ:年上かもしれないんだから敬意を払いなよ》
口調だけは、年齢が分かっても相変わらず偉そうだ。
「そっちが年下かもしれないだろ」
《シイコ:かもしれないね。でも、ゲームでは私が上だから敬えば?》
それを言われると弱い。
この話を続けちゃダメだな。
「学校でも、そんなに人をざこって煽ってんの?」
《シイコ:ナオほど弱い人、学校でも見たことないからw》
「学校では猫かぶってたりしてな」
《シイコ:それはナオには教えなーい》




