第01話 坂で跳ぶな
『右!次の角、右だから!』
「分かってるって!」
虹色の路面を曲がりきれず、おれのカートが柵のないコースから宇宙へ飛び出す。
通話の向こうで、笑い声が弾ける。
『あはは!ざぁこ!』
「次は絶対抜くからな!」
*
――初配信の日。
「今夜から配信やるから、暇だったら見に来てくれよ」
昼休み、おれが前の席を蹴ると、匠が椅子ごと振り返る。
「唐突だな?急にどうしたんだ?」
「いや、親戚に機材一式もらってさ。レトロゲームでもやろうと思ってる。ナオのレトロゲーム部屋って名前でやるつもり」
おかげで、今日は寝不足だけどなんとか準備までは終わらせた。
小遣い稼ぎになるぞって言われたのも大きいよな。
「じゃあ、タクで荒らしに行くわ」
「来る前から出禁にするぞ!」
弁当を持った柚葉が、空いている机を引き寄せる。
「じゃあ私も見る。ユズで入れば分かる?」
「おう。初配信だから、コメント止まったらなんか書いてくれ」
その時、隣で椅子の脚が鳴る。
白石琴が手にした文庫本から顔を上げ、開いたページの上で指を止め、おれたちの方へ切れ長の目を向けていた。
「白石さんもゲームとかするの?」
柚葉に話しかけられた途端、白石の肩が固まる。
「別に」
短い回答はいつものことだった。
話しかけても短い拒否しか返ってこないことと、その美貌から氷姫と呼ばれていた。
「そっか。あ、その本は面白い?」
「知らない」
「そ、そっか」
柚葉が本の半ばに挟まった栞へ目をやり、弁当箱を持ってこちらへ戻ってくる。
白石は何か言い足そうと唇を動かすが、結局そのまま机に顔を伏せてしまった。
「白石も良かったら、見に来てくれよな」
おれの言葉に、白石は顔を上げることはなかった。
*
放課後、教室には部活へ向かう生徒と帰り支度をする生徒が残っていた。
白石が鞄へ本を入れていると、近くの女子二人が声をかける。
「カラオケ行くんだけど、白石さんも行かない?」
白石は鞄の持ち手を握ったまま二人を見る。
整った顔に表情は浮かばず、切れ長の瞳だけが相手をまっすぐ捉えている。
「無理」
「あ、そうだよね。それじゃあね」
白石の目は教室を出ていく二人を追っていた。
「やっぱり、氷姫って話しかけにくいね」
「かわいいから、仲良くしたいとは思うんだけどねー」
そんな言葉が聞こえてくると、白石は鞄を肩へ掛け、二人とは反対の出口へ歩いていった。
「で、ゲーム何にすんの?」
「地下を探検するやつ。初見だけど、まあなんとかなるだろ」
一瞬、白石が止まったように見えたけど、たぶん気のせいだろう。
*
夜九時。初めての配信には、友人と見覚えのない視聴者を合わせて十二人が来ていた。
タクが周りにも話してくれていたようで、普段話さないクラスメイトまでコメントをしてくれていた。
地下洞窟で財宝を探す古いアクションゲームを起動する。マイク越しの自分の声にはまだ慣れないが、タクとユズがすぐにコメントを流した。
《タク:何秒で死ぬか賭けようぜ》
「始まる前から縁起悪いこと言うな」
《ユズ:十秒は持つでしょ》
「そっちも死ぬ前提じゃねえか!」
スタートはリフトの上だった。
「一発でクリアするから見てろ?」
《シイコ:フラグ?》
見覚えのない名前を視界の端に捉えたまま、リフトから飛び出す。
そして、着地と同時に探検家はあっさりと死亡した。
「ジャンプしただけで死んだ!」
《ミナト:二秒だった》
《シイコ:ざこ》
「シイコだれだよ!初対面でざこって言うな!」
見覚えのない名前へ言い返している間にも、コメント欄へ笑う文字が続く。
シイコはその流れへもう一つ書き込んだ。
《シイコ:もっとギリギリまで降りて》
「こんくらいなら平気だろ!」
そして、また死亡。
こいつ弱すぎね?
「分かった!こいつ椅子から飛んだら死ぬもやし野郎だな!極めたわ」
リフトを越え、ツタを降りると坂道へたどりつく。
《シイコ:坂で飛ぶと死ぬよ?》
「んなわけねえだろ」
そして、ジャンプの着地で死ぬ冒険家。
「は?」
《シイコ:坂で飛ぶな。歩くだけでいいから》
《ユズ:シイコ先生》
その後もミスをする度に、シイコからのアドバイスが飛んでくるけど、なんとなく悔しくて聞きたくない。
《シイコ:足場が上がってきてから乗って!ちゃんと待ってね!》
——死亡
《シイコ:だから待ってって!足場が来るから!》
——死亡
《シイコ:そう、そのまま!今度こそ待って!》
——死亡
《シイコ:なんで跳ぶの!?乗るだけだって!》
——死亡
*
SIDE:琴
「あー!話聞かない!」
画面の中では、相沢くんがまた穴の端へ探検家を立たせている。
足場へ乗るだけなのに、次も跳ぶつもりらしい。
《シイコ:だから足場に乗って!跳ばなくていいの!》
『次は跳べるって!』
ヘッドホンからそんな声が聞こえる。
「どうすれば聞くんだ!」
部屋に私の叫び声が響く。
画面の中では、足場がまた下へ沈んでいく。
私はギフトの数字を選び、入力欄へ短い言葉を打ち込んだ。
《[500pt]シイコ:いいから聞け!》
「お前、金払ってまでおれを止めたいの!?」
「だって話聞かないんだもん!」
*
あとがき
新作始まりました。
今回はライブ配信物となります。
リアルとネットのヒロインの差をお楽しみください。
良かったら、ブクマいただけると嬉しいです。




