第14話 一緒にいたい
SIDE:琴
部屋に戻ると、ベッドの上には朝に出した服がまだ散らばっていた。
何枚も出して、鏡の前で合わせて、結局選ばなかった服が山積みになっている。
……出しすぎた。
鏡の前に座り、ピアスを外す。
普段使っているシルバーの小さなスタッドの横に、空色の可愛い石がついたピアスが並んだ。
揺れるピアスを少し眺めてから、爪を見る。
学校につけていくには、やっぱり少し派手かもしれない。
せっかく塗ったのに。
もったいないと思いながらも、昨日の夜に塗ったばかりの色を落としていく。
ナオはピアスにも、ネイルにも気づかなかった。
ほんと、そういうところ。
でも、ナオのくせにいつもより可愛いとは言ってくれた。
だから、まあいい。
しかも、ナオだって家でゲームをした時とは違って、髪を整えて、服もいつもよりきちんとしていた。
それが嬉しくて、何か言いたかった。
もちろん、口からは何も出なかったけど。
話したいことならたくさんあるのに、学校ではまだナオと長く話せない。
シイコなら何時間でも話せるのに、どうして「おはよう」の次がこんなに難しいんだろう。
それでもナオは、私の短い返事を拾ってくれた。
夜なら、ゲームで失敗したナオを笑って、言い返されて、また笑える。
他のコメントが流れていても、私の言葉を見つけて返してくれる。
最初は、人とうまく話せない私の逃げ場所だったのかもしれない。
顔を見なくていい。文字なら考えてから送れるのが楽だった。
でも、いつからか逃げ場所ではなくなっていた。
ナオと、もっと話したいとを考えるようになっていた。
夜になると、ナオは学校にいる私のことを「隣の子」と呼んで、シイコへ話すようになった。
可愛いと言われれば嬉しい。
少し話せたと言われれば、明日はもう少し頑張ろうと思う。
なのに、その話をシイコとして聞くと面白くない。
どっちも私なのに。
なんで自分に嫉妬みたいなことしてるのか、自分でも意味が分からない。
それでも、ナオと話している相手が私だけなら問題なかった。
昼は琴として少しずつ。
夜はシイコとして好きなだけ。
それで満足できていた。
なのに、美月が来た。
美月は、私にはできないくらい簡単にナオの隣へ行く。
どうしてそんなに簡単にできるんだろう。
私も誘ってくれた。
本当はすごく行きたかったのに、出てきた言葉は『無理』だけだった。
断ったあと、二人で遊んでいる配信を最後まで見た。
画面にはドラゴンしか映っていない。
それでも、二人が隣で、同じ画面を見ながら笑っていることくらい分かる。
自分で断ったくせに、なんで私はそこにいないんだろうとずっと思っていた。
美月は簡単にナオへ触れられる。
ナオだって、美月を女の子として意識していた。
それが嫌だった。
この前だって、自分から隣へ行けなくて、美月に押されて初めてナオへ抱きついた。
離れようと思えば、すぐに離れられたのに、離れたくなかった。
もう少しだけ近くにいたかった。
ナオの胸に顔を押しつけたまま、このままでいたいと思った。
その時、やっと分かった。
私は、ナオが好きなんだ。
分かってしまえば、それまでのことが全部繋がった。
隣の子を可愛いと言われて嬉しかったことも。
その話をシイコとして聞くのが面白くなかったことも。
美月と二人でいるところを見て嫌だったことも。
好きだから。
ただ、それだけだった。
美月はずるい。
味方なのに、敵。
美月のことは嫌いじゃないし、むしろ、好きだと思う。
私が短くしか返せなくても離れていかないし、シイコのことに気づいても約束どおり誰にも言わなかった。
だから嫌いになんてなれない。
でも、ナオを取られるのは嫌だった。
だから、美月が「琴ちゃんも行こう」と言った時、考えるより先に口が動いた。
「行く」
しかも、美月が行けないと分かった時に最初に思ったのは、残念、ではなかった。
ナオと二人で行ける。
嬉しかった。
その次には怖くなった。
二人きりで何を話せばいいんだろう。
途中で何も言えなくなったらどうしよう。
それでも行きたかった。
夜には、シイコの私がその約束を「デート」だと言った。
ナオは何度も違うと否定していた。
ゲームを探しに行くだけだから、デートじゃない。
そう言ってたくせに、今日レジの前で言った。
——デートなんだから。
ずるい。
それはずるいでしょ。
こっちはずっとデートだと思っていいのか悩んでたのに、急にそんなことを言う。
あんなことを言われたら、私だって少しくらい頑張りたくなる。
だから言えた。
「琴でいい」
学校では嫌なのに。
相沢くんじゃなくて、ナオ。
白石じゃなくて、琴。
今日は、ナオに名前で呼んでほしかった。
嫌ならゲーム探しってことでいい、と逃げ道まで用意してくれたけど、嫌なわけがない。
もっとデートだと思ってほしかった。
もっと長く一緒にいたかった。
帰る時間なんて来なければいいのに、とまでは思わなかったけど。
……ちょっとは思ったかもしれない。
学校にいる時よりずっと話せた。
それでも、言いたかったことの半分も言えていない。
ナオが好きだと分かってから、少しずつ近づこうとしてきた。
夜なら、シイコとしていくらでも近くにいられる。
何時間だって話せるし、からかうことだってできる。
でも今日は、琴としてナオの隣を歩けて、名前まで呼んでもらえた。
それだけで満足するつもりだったのに、もう次を考えている。
また二人で出かけたい。
今度は、今日よりもう少し話したい。
今日言えなかったことも、少しくらい言えるかもしれない。
ベッドの上に散らばった服へ目を向ける。
次は、どれを着よう。
……次。
もう次に行く気でいる。
でも、行きたいんだから仕方ない。
『デート楽しめた?』
スマートフォンを見ると、美月からメッセージが届いていた。
でも、返事を打つ指はすぐに動いた。
『楽しかった!あと、名前で呼んでもらえたよ』
『うわぁ、進展してんじゃん!じゃあ、告白もできた?』
『さすがにそれは無理。でも、ナオからデートって言ってもらえた!』
学校で同じことを聞かれたら、たぶん「楽しかった」くらいしか言えないのに。
でも、メッセージなら美月にはかなり素直に話せる。
いつか、ナオにもこんなふうに、素の自分で接することができるんだろうか。
そんなことを考えていると、スマートフォンが震えた。
今度はシイコのアカウントに、ナオから新しいメッセージが届いていた。
『今夜もいつもの時間でいい?』
昼に別れたばかりなのに、もう話せると思っただけで、口元が緩んだ。
『おっけー』
少し迷って、もう一つ打つ。
『遅れたら許さない』
すぐに返事が来た。
『十分前から待ってろってこと?』
そういう意味じゃない。
でも、ちょっと面白くて笑ってしまった。
昼は琴として、また一緒に出かけたい。
夜はシイコとして、今までみたいに好きなだけ話していたい。
どちらかじゃなくていい。
どちらも私だから。
もっと一緒にいたい。
昼の私でも。
夜の私でも。




