第15話 彼女になってあげようか
デートから帰った夜も、シイコはいつもの時刻に通話へ入ってきた。
昼に買ったゲームの箱は、配信机の端へ立ててある。
今夜はいつものアクションゲームを進め、シイコも普段と変わらずおれの失敗を笑った。
『そこ、上から来るよ』
「分かってる」
画面上部から落ちてきた敵を避け、前へ走る。
直後、下から飛び出した別の敵へ正面からぶつかった。
《タク:上しか見てない》
《ユズ:今日は浮かれてる?》
『デート帰りだからじゃない?』
「シイコまでその呼び方するな!」
主人公は被弾した位置から少し後ろへ戻される。
《ミヅキ:デートだったんだ?》
「下調べから昇格しただけだよ」
自分で言ってから、何を説明しているんだと思う。
シイコは声を上げて笑い、次の敵の位置を教えた。
『今度は下。ちゃんと見て』
「見えてるって」
『また同じこと言ってる』
言われたとおり下からの敵を飛び越えたところで、コメント欄へ拍手が並ぶ。
たった一回避けただけなのに大げさすぎる。
「今日はここまで。デートの話を聞きたいやつも解散」
《タク:そこから本編》
「始まらねえよ」
配信を終えて画面を閉じると、シイコとの時間になった。
『今日のデート、楽しかった?』
「だから、最初は下調べだったんだって」
『最初は?』
「結果的には、まあ、デートだった」
通話窓の入力表示が大きく揺れた。
『へえ。自分で認めるんだ』
シイコの声が少し弾む。
昼間、白石へ同じ言葉を使った時の反応を思い出し、椅子へ深く座り直した。
「楽しかったよ。ゲームも買えたし、そのあとも結構話せた」
『無言が辛いかもって泣いてたくせに』
「泣いてねえよ!」
『で、私より楽しかった?』
聞き返すまでの間だけ、シイコの声から普段の笑いが消えた。
「また張り合ってるのか?」
軽く返したつもりなのに、通話の向こうが静かになった。
シイコの呼吸だけがやけに大きく聞こえてくる。
『だって、悔しいじゃん?』
「楽しかったよ。それに下の名前で呼び合えるようになった」
『で、呼んでみてどうだった?』
最初に琴と声をかけた時を思い出す。
白石と言おうとして、一瞬止まって琴と言い直した。
正直、爆発しそうなくらい恥ずかしかった。
「めちゃくちゃ恥ずかしかった」
『私のことはシイコって呼び捨てなのにね』
「最初はシイコさんだったぞ?」
『三十五歳忘れてないからね?』
そういや、最初は年上だと思って敬語使ってたんだったな。
すっかり忘れてた。
「それは、ほんと悪かった!でも同年代なのは素直に嬉しかった」
『いつも思うけど、ナオって天然のタラシだよね?』
「そうか?そんなつもりはないんだけど」
『そんなつもりがないから天然って言ってんのよ!』
よく分からないけど、言動には気をつけろってことだろうか?
まぁ、よく分からないから気にするだけ無駄だな。
『で、付き合ったりできそうなの?』
「それはどうだろうなぁ。想像できない」
『ふーん、じゃあさ』
いつもの勢いより少し遅れて、シイコが続ける。
『私が彼女になってあげようか?』
冗談なら、おれが何か言う前に笑うはずなのに、今夜は次の言葉が続いてこない。
「それ、本気で言ってる?」
『どっちだと思う?』
「そういう返し、一番困るんだけど!」
『ナオが決めればいいでしょ。言った責任は取るよ』
シイコと話している時間は本当に楽しい。
配信を始めてから、ほとんど毎晩一緒にいる。
ゲームで負けても、煽られて腹が立っても、明日もまた話すつもりで楽しみにしていた。
「シイコと付き合ったら、毎日楽しそうだとは思う」
『じゃあ――』
「でも、ごめん」
シイコの言葉を遮って、言葉を続ける。
「隣の子が気になってる。今日一緒に出かけて、もっと話したいって思った」
返事はすぐに来なかった。
余計な言葉を足したら言い訳になる気がして、おれも黙って待つ。
『ナオの分際で、私を振るんだ』
「言い出したのお前だろ」
『一生後悔すればいい』
「急に重いな!」
戻ってきた声はいつものシイコに近いけど、そこには笑い声はなかった。
「悪い。でも、適当にいいって答えるのも違うだろ」
『分かってる。ありがと』
短い返事のあと、大きく息を吸い込む音が聞こえる。
『隣の子の、どこがいいの?』
「そうだな、前より話してくれるようになった。ゲームの話だと少し笑うし、今日もおれと出かけるために頑張ってくれてた気がする」
『自意識過剰』
「お前が聞いたんだろ!」
返事の代わりに、通話の向こうで小さく息を吐く音がした。
『浮かれてるナオ、うざい』
今度は小さく笑う声が混ざった。
「じゃあ、明日は配信来ない?」
『来るけど?』
「来るのかよ」
『振られたくらいで、ナオがざこなのは変わらないから』
シイコの声には、ようやくいつもの調子が戻っている。
「どういう理屈だ!」
通話を切る直前、シイコが珍しくおれの言葉へかぶせずに言った。
『おやすみ、ナオ』
「おやすみ、シイコ」
接続が切れ、昼間から続いていた長い一日がようやく終わった。




