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第13話 デートなんだから

 土曜日、待ち合わせの十分前に秋葉原の駅に着くと、白石はもう改札の外にいた。


 白石は、淡い色のワンピースに小さな黒いバッグを肩にかけてスマホをいじりながら立っていた。

 制服じゃないせいか、学校で見る時とは少し雰囲気が違う。

 どこが違うのかまでは分からないけど、今日はいつもより可愛く見えた。


「待った?」

「少しだけ」

「おれも早く来たんだけどな」


 白石は自分の時計とおれのスマートフォンを見比べ、わずかに口元を上げた。


「今日、なんか雰囲気違うな」


 笑いかけていた白石の表情が固まる。


「うまく言えないけど、いつもより可愛い」

「行こう」


 白石は先に立って歩き出した。

 そのまま振り向くこともなく先を進んでいく。


「ここ」

「あー、初めて来たけどこんな感じなんだな」


 店の外までレトロゲームの音楽が流れている。

 それをBGMにメイド服を着た女の子がビラを配ってるのがなんともシュールだ。


 店へ入ると電子音が鳴り、色あせた箱や裸のカセットが並ぶ棚へ白石の視線が走る。

 現行機の復刻版で見た絵も、古い箱に入ると別物に見えた。


「美月に見せるなら、まず写真撮る?」

「あとでいい。先に見る」


 白石は家にある本体と同じ機種の棚へ向かい、背表紙を順番に追う。

 おれが一本抜くたび、対応機種と人数を確認した。


「これ知ってる。移植版でやった」

「一人用」

「じゃあ今日は違うな」


 棚へ戻した隣には、二人用と書かれた対戦ゲームがある。

 白石は箱を抜きかけたものの、裏面を見てすぐ戻した。


「それは?」

「やめた方がいい」

「なんで?」

「クソゲー」


 その言い方をされると逆に気になる。

 もう一度取ろうとしたおれの手を、白石が掴んで箱を棚の奥へ押し込んだ。


 別の棚には、初配信で遊んだ地下洞窟のアクションゲームもあった。

 箱では探検家がロープにつかまり、動く足場の向こうで財宝が輝いている。


「この箱、都合の悪いところ隠してるだろ」

「当時の技術力考えて」

「まぁ、そうだよな」


 白石の指が、箱に描かれた動く足場を指す。


「今なら聞く?」

「もうクリアした」

「一面だけでしょ」


 値札は五百円。

 初配信でシイコが投げたポイントを思い出す。


「シイコには、金払ってまで止められた」

「聞かなかったから」

「白石まであいつの味方かよ」


 白石は悪びれずに箱を戻す。

 ほかの客が通り過ぎると、少し先の棚からおれの袖を引いておれを呼ぶ。


 白石は一本のゲームを棚から引き抜く。

 手に取ったのは、二人並んで街を進むアクションゲームだった。対応人数は二人。今度は棚へ戻さない。


「これは?」

「面白い」

「難しくない?」

「相沢くんには難しいかも」


 箱の裏には二人分のキャラクターが並んでいる。

 このムキムキのキャラは市長らしい。


「まだ始めてもいないぞ」


 白石は箱の傷とカセットの状態を確かめ、裏面をもう一度眺める。


「白石もやりたい?」

「やりたい」

「じゃあ、これにするか」


 レジへ向かうと、白石が箱を胸元へ引き寄せ、先に財布を出した。


「私が払う」

「なんで?」

「本体は私の家のだから」


 店員の前で二つの財布がぶつかる。


「デートなんだから、せめて割り勘で」


 白石の手が止まった。開いた財布を持ったまま、目だけが上がる。


「デート?」


 昨夜、シイコに言われた言葉がそのまま口から出た。

 二人で待ち合わせて、並んで店を回り、一緒に遊ぶゲームを選んでいる。

 そして、思ったより自然に会話が続いていた。


「二人で出かけてるし。違うのか?」


 白石は値札へ視線を落とした。


「嫌なら、ゲーム探しってことでいいけど」

「嫌じゃない」


 おれは財布から代金の半分を取り出し、トレーの上へ置く。


「じゃあ割り勘な」

「おごる」

「だから半分」


 財布を引かない白石が、思いついたように顔を上げた。


「五百円なのに?」

「金額の問題じゃない」


 店員が面倒くさそうにこちらを見てることに気づいて、白石は耳を赤くしたまま札を出して、おれの出した小銭を財布にしまう。


 レジ袋を持って店を出ると、白石に裾を掴まれる。


「琴でいい」

「ん?」

「学校ではやだけど、今は琴でいいよ」


 その言葉の意味を処理する前に白石は言葉を続ける。


「上行こ」

「なんかあるのか?」

「行けば分かる」

「分かった。あと、おれのこともナオでいいから」


 琴に連れられて店舗の上に向かうと、そこにはゲーム機が並んでいた。


「対戦しよ」

「いいな、やろう!」


 琴が選んだのは三人でチームを組んで戦う格闘ゲームだった。

 最新版はやったし、どうにかなるだろ?


「手加減しない」

「いらねーよ!」


 ゲーム開始とともに、琴の選んだ女キャラクターがゲージを貯め始める。

 おれもそれに合わせてゲージを貯めると、突然飛び込んでくる。

 一発目をガードしそこなうとそのままコンボが続いて体力ゲージが削り取られる。


「ちょっ!これハメじゃね?」

「ちがう、即死コンボ」


 騒音の中でも、その声だけがなぜか耳に残った。

 結局数戦して、一勝もできずに店を出た。


 店を出たあと、美月へ棚の写真を送る。

 返信はすぐに届き、次は自分も連れていけという文字が画面を埋めた。


「下調べ終了だな」

「もう帰る?」


 白石はゲームの袋を持ったまま、店とは反対の道を見る。まだ昼を少し過ぎたところだ。


「どっか寄る?」

「行く」


 近くの喫茶店へ入り、窓際の席で買ったゲームの説明書を二人で開いた。

 琴は敵の絵を指しながら、ここは難しい、これは二人なら楽だと短く教えてくれる。


「なんで、そんなに詳しいんだ?」

「お父さんが好き」


 短い返事からなんとか聞き出した感じだと、父親が古いゲームが好きで、家に大量にゲームがあるらしい。


「じゃあ、格ゲーもそのおかげであんな強いのか」

「それはお兄ちゃん」


 どうやら、ゲーム一家らしく、兄は琴が勝てないくらい強くて、挑戦しているうちにうまくなったらしい。

 おれが一勝もできなかった琴が、一勝もできないってどういうことだ……


「それにしても、今日は学校より喋るな」

「ゲームの話だから」

「おれといるのは?」


 琴は、一口コーヒーを飲んでから、改めてこちらに向き直る。


「前より、平気」

「前よりか」

「かなり」


 琴が小さく付け足した言葉は、店内の音に消えず聞こえた。


 帰り道も二人で並んで電車に揺られながら話を続けていた。

 琴は次に家の本体を持って来る日を決めてから、先に電車を降りて行った。

 残された電車の中で、おれの手には今日買ったゲームの袋が握られていた。


「琴」


 呼び止めると、琴が振り返る。


「今日は楽しかった。また行こう」

「私も。また行こ」


 琴は朝より自然に笑い、今度は一度も振り返らず改札の向こうへ歩いていった。


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