第10話 長い長い!
SIDE:琴
朝、まだ教室にそんなに人がいないタイミングで、水瀬さんが席へ来た。
「琴ちゃん、ちょっといい?」
「何?」
ナオがまだ来てないことを一度確認して、水瀬さんが耳元へ顔を寄せる。
「ねえ。シイコって、琴ちゃんだよね?」
え? なんで気づいてるの?
もしかして、水瀬さんだけじゃなくて、みんなにもバレてる?
「違う」
「昨日、声を聞いて分かった。ナオくんの介助してる時の声、いつも琴ちゃんが話す声と同じだった」
それだけで普通気づく?
声は同じだけど、テンションも違うし、学校じゃあんなに喋らない。絶対分からないと思ってたのに。
「最初の時はちょっと似てるかもって思っただけなんだけど、昨日は琴ちゃんにしか聞こえなかったんだよね。ゲームに詳しいことも、配信の話をすると反応することも、そう思ったら全部つながった」
そこまで見てたの?
水瀬さん、こういうところ変に鋭い。
水瀬さんが紙にひらがなで私の名前を書く。
「シイコって名前も、気づいたあとなら納得だけどね」
あー、もう言い逃れできそうにないや。
「誰にも言わないで」
「うん。誰にも言わない。もちろんナオにも」
即答してくれて、ようやく息が抜けた。
ナオにまで知られたら、しばらく学校に来られないかもしれない。
安心したところに、もうひとつ爆弾が落ちた。
「もう一個だけ聞いていい?」
「何?」
「琴ちゃんって、もしかしてナオのこと好き?」
何を言われたのか分からなくて、一瞬固まった。
ナオを好き?
配信は毎日見たいし、話せると嬉しい。
学校で少し会話できただけでも、その日の夜まで覚えている。
でも、それが好きなのかと言われると、まだ分からない。
「分からない」
それでも水瀬さんは、まだこっちを見ている。
まだ聞くの?
「少し気になる」
「そっか」
言ったあとで少し恥ずかしくなった。
少し!
少しだから!
ナオが登校してくると、水瀬さんはいつもの声へ戻した。
「次は琴ちゃんも一緒にやろ!あと、私のことは美月でいいからね!」
「急」
「今度の日曜。ナオと三人で遊べるやつ持ってく。私から聞いとくね」
「行く」
自分でも驚くくらい、すぐに返事が出た。
先週みたいに断って、あとから配信を見ながら後悔するのはもう嫌だった。
「決まり!」
*
日曜日、美月の背中についてナオの家へ入った。
美月はオーバーサイズのTシャツにショートパンツで、大きく脚を出している。
対して私は、淡い青のブラウスに黒の細身のパンツ。並ぶとずいぶん大人しい。
朝、一応ほかの服も見たけど、ショートパンツやスカートを選ぶ勇気はなかった。
別にナオに見せるために着たわけじゃないし。
たぶん。
「白石がうち来るの、なんか変な感じだな」
「帰る?」
「何でそうなるんだよ。座れよ」
帰らない。
来るだけでも結構頑張ったんだから。
ナオ、美月、私の順で座る。
間に美月がいるだけで少し気持ちが楽になるけど、美月はナオに近すぎる。普通に肩が当たってるし。
美月が持ってきたのは、四人まで一緒に遊べる今も人気のアクションゲームの一作目だった。
三人で対戦を始めると、早速ナオが自滅して下に落ちていく。
「ナオざこすぎ!」
「ざこ」
「ちょっ!白石までひどくない?」
だって今のはざこでしょ。
私も初見のせいで上手く操作できず、美月にどんどん落とされていく。
「私が最強!」
「慣れたら負けない」
「じゃあ、今のうちに勝っとく!」
そのセリフ通り、美月のキャラクターが私を画面外まで弾き飛ばす。
「くっそ、初心者相手に好き勝手やりやがって!」
「二人ともざぁこ!」
「美月、うるさい」
絶対わざとだ。
ナオにはバレてないけど、美月はシイコと分かって煽ってるんだろう。
覚えてろ。
とりあえず、先にナオを落とす。
「琴ちゃん、ナオくんには容赦ないね」
「弱いから」
「お前までシイコみたいなこと言うなよ!」
本人だからとは言えない。
美月だけが口元を押さえて笑いを堪えている。
やっぱり面白がってやがる。
そうこうしているうちに制限時間になり、美月の優勝が決まった。
「やったー!」
美月が両手を上げ、その勢いのままナオへ抱きついた。
……は?
「おい、美月、近いって!」
「あ、ごめんごめん。てか気にしすぎ!」
美月はすぐ離れたけど、ナオは耳を赤くして、視線まで美月の胸へ向いている。
どこ見てるの?
これだから男って!
「ちょっとお手洗い借りるねー」
美月が部屋を出ていくと、さっきまで気にならなかったゲームの音が妙に大きく感じた。
ナオと二人きりだ。
何か話さないと。
「ほんと、あいつも困ったやつだよな」
その顔で?
まだちょっと嬉しそうだけど。
「美月と仲いいね」
「転校してきたばっかなのにな。距離近いし、こっちが困る」
全然困ってるように見えない。
「ああいうの、嫌じゃないの?」
「嫌っていうか、あれは意識するだろ。女子なんだし」
はいはい。確かにあれが凶器なのは認めるし、意識するのも分かる。
でも、私の横でそんな顔するのはちょっとひどくない?
何がひどいのかは、自分でもよく分からないけど。
戻ってきた美月は、元の場所へ座らず私の肩を押してくる。
「琴ちゃん、そっち寄って」
「無理」
「いいから。私、隣にいたらまた抱きついちゃうかもだから!」
「そもそも抱きつくな!」
美月は私を半ば強引に隣へ追いやった。
ナオと肩が触れて恥ずかしいのに、反対側から美月も詰めてきて逃げる場所がない。
「狭い」
「三人で画面見やすいよ」
「絶対違うだろ」
絶対わざとだ。
操作に慣れたおかげもあって、次の対戦では美月に勝つことができた。
ナオを狙ったおかげだけど、ほんと、ざこがいて助かった。
「琴ちゃん、つよい!」
美月がこちらへ腕を広げる。
また抱きつかれると思った瞬間、背中を強く押された。
「えっ」
身体が隣へ傾き、咄嗟に伸ばした腕がナオの肩へ回る。
ナオの腕も反射的に私の背中を支えていた。
「白石?」
やばい、近い。
離れないといけないのに、身体が動かない。
私の手はナオの服をつかんだまま。完全に抱きついてる。
でも、美月に押されたからだ。
自分からじゃない。事故。
手を離せば終わるのに、それでもあと少しだけこうしていたかった。
まあいいや。
全部、美月のせいにすればいい。
「いや長い長い!」
そう言いながら、美月まで背中から抱きついてきた。
「私も混ぜろ!」
私越しにナオへ腕を回され、さらに距離が縮まってナオの胸に顔が埋もれる。
背中には美月の柔らかい感触。
前にはナオ。
こんな時に胸の差まで分かるの最悪。
美月ずるい。
でも、ナオはあったかい。
「はいおしまい!」
美月が離れたので、私も仕方なくナオから離れる。
「ごめん」
「いや、美月が押したんだろ」
そう、美月が押した。
だから美月が悪い。
途中で美月まで混ざったのも、私がなかなか離れなかったのを誤魔化すためだと思う。
こういうところはすごいのに、横で笑うのを堪えているのが全部台無しだ。
「もう一回やろ!」
美月は普通にナオと話せるし、隣へ行って、抱きつくことだってできる。
ナオも、美月を女の子として意識している。
いいな。
私も、そう見られたい。
さっき抱きついた時も嫌じゃなかった。
むしろ、もう少しあのままでいたかった。
美月は秘密を守ってくれるし、今日だって誘ってくれた。
嫌いになる理由なんてない。むしろ好きだと思う。
でも、敵。
味方だけど、敵。
「琴ちゃん、次始まるよ?」
「分かってる」
美月の隣でコントローラーを握り直す。
ナオにどう近づけばいいのかも、どうすれば女の子として見てもらえるのかも、まだ分からない。
ただ、ナオの隣から離れたくないことだけは、もう分かっていた。




