第03話 その男、女になっても変わらない
「あーー! 漏る、漏る!」
俺は両手で股間を押さえながら走る。
女になって、一か月。
実感したことがある。
男だった頃より、尿意を我慢できなくなった。
先日、モンスターの一撃を愛刀で受け止め、踏ん張った瞬間。
俺の膀胱は、限界を迎えた。
俺は泣いた。
モンスターには負けなかった。
だが、膀胱には負けた。
それ以来、俺はモンスターより、尿意を警戒するようになった。
「はわわっ……。あと少しだ! 俺!」
トイレが見えた。
残り数メートル。
俺は膀胱に全神経を集中させる。
内股になり、走る速度は落ちたが、間に合う。
そして、ピンクを基調としたトイレへと駆け込んだ、その瞬間。
「キャーーーっ!? 男おおおおおっ!?」
化粧直し中の先客が、悲鳴をあげた。
投げつけられたポーチが顔に当たる。
「あっ……。あーーー……。」
その拍子に、俺の最終防衛線は突破された。
俺は泣いた。
******
「ふーーーー……。」
極上の幸福感だった。
まるで、正月の朝に新品のパンツを穿いた時のような、そんな幸せだ。
女子トイレでの一件は、冒険者ギルドの問題になった。
なぜだ。
俺は女になった。
だから女子トイレを使った。
ギルド長も、そうしろと言ったはずだ。
俺は、その通りにしただけだ。
女子更衣室でも、そうだ。
いちいち騒がれる。
俺はどこで着替えればいいんだ。
「あーー……。ここ、来るの面倒だし、絞り出しとくか」
その結果、冒険者ギルド内に俺専用の部屋が作られた。
地下二階にある、元資料室だ。
というか、資料はそのまま残っている。
変わったものは、一つだけ。
俺が今跨っているものだ。
アヒル型のおまる。
「いちいち拭くのめんどくせー」
当然だが、おまるに出したものは勝手に消えない。
処理するのは、使用者本人。
つまり、俺だ。
人目を忍び、外にある汚物処理槽まで運ばなければならない。
「……俺は、Sランク冒険者様だぞ」
パンツを穿き、スカートを整える。
泣けてきた。
******
「ありがとうございました。
お姫様の、またのご来店をお待ちしています」
ボーイに見送られ、女性向け風俗店をあとにする。
誤解しないでほしい。
お相手は女性である。
多様性の時代だ。
そういう店もあるだろうとギルド長に相談したら、紹介された。
「ふぅ……。なんか違うんだよなー」
俺は、色とりどりの看板が輝き、金と欲望が渦巻く歓楽街を、遠い目で見つめる。
嬢は可愛かった。
テクニックも凄かった。
驚くほど声が出た。
身体は満足した。
だけど、心がぴょんぴょんしない。
「酒でも、飲みに行くか」
この渇きは、酒でしか癒せない。
そう判断した俺は、新しく見つけたバーへと歩き出す。
男だった頃に馴染みだったキャバクラの嬢たち。
彼女たちなら、俺を理解してくれると思った。
だが、出禁にされた。
女同士は、解釈不一致らしい。
「君、ちょっといいかな」
「高校生……。じゃないよね?」
「中学生がこんなところで、何しているの?」
警察官に肩を掴まれた。
「……俺は、Sランク冒険者様だぞ」
またこれか、と俺はうんざりするしかなかった。
この街の警察署は、さっさと情報を共有しろ。
******
「差せ! 差せ! 差せえええええ!」
右手には馬券。
左手には競馬新聞。
お馬さんたちが、四コーナーを曲がった。
先頭集団が最後の直線へ向かう。
やっぱり、生観戦は最高だ。
心がぴょんぴょんと弾む。
全てを失ったと思ったが、俺の居場所はここにあった。
「6番! 6番! 6番んんんんんっ!」
ただ、残念ながら今の俺は、ちびっこだ。
大型スクリーンは見える。
だが、生の迫力を味わうには、少々高さが足りない。
ぴょんぴょん跳ねても、お馬さんたちの姿は見えなかった。
「退け! 退けって! 人生の落伍者どもめ!」
だから、目の前の人垣を強引に掻き分ける。
女になっても、レベルはそのままだ。
Sランク冒険者様のパワーを舐めるなよ。
「来た、来た、来た!
差せ、差せ、差せえええええっ!」
そして、最前列。
俺は跳ね、鉄柵にしがみつく。
地面に届いていない足をばたつかせながら、声の限り叫ぶ。
「よし、よし、よおおおおおしっ!」
俺が推すお馬さんが、鼻差でゴール板を駆け抜けた。
一着。
大勝利だ。
写真判定になるだろうが、Sランク冒険者様の動体視力に間違いはない。
これで、午前中の負けは全て取り戻した。
次のメインレースに全額をぶちこんでやる。
それが、Sランク冒険者様の生き様だ。
「早速、買いにいかないとな! 本命は決めてある!」
ふんす、と鼻息を吹き、鉄柵から勢いよく飛び降りる。
「おっと……。お父さんはどこかな?」
警備員にキャッチされた。
「……俺は、Sランク冒険者様だぞ」
いい加減にしろ。
朝から五度目だぞ。
俺は上客なのだから、もっと優遇しろ。
馬主席とか、一度入ってみたい。




