第02話 その男、悪評ばかり
「あぁ~~……。」
目が覚めると、全身が鉛のように重かった。
喉がからからに渇いている。
「昨日、飲みすぎたか?」
ぼんやりとした頭で、見慣れたダンジョンの天井を眺める。
「……ん?」
俺が住んでいるのは、タワマンの最上階だ。
こんな薄汚れて、カビ臭い天井じゃない。
「そ、そうだ!」
上半身を跳ね起こす。
意識を失う直前の記憶が、一気に蘇った。
「俺、宝箱に食われたんだった!」
すぐさま右膝を立てた。
反射的に周囲を警戒し、辺りを見回す。
そこは見慣れたダンジョンだった。
「……助かった?」
強烈な倦怠感はある。
だが、手足は動く。
痛みもない。
すぐ近くには、愛刀『三千世界』が落ちていた。
それ以外に、宝らしい宝は見当たらない。
山を打ち砕く武器も。
巨大な津波を弾く防具も。
かけると服が透けちゃうメガネも。
「虹箱は、人生を変えるんじゃねーのかよ……。」
深すぎるため息が漏れた。
そもそも、宝箱自体がそうそう出るものじゃない。
一説によると、モンスターを倒したときに宝箱が出現する確率は、12%と言われている。
大抵は、木の宝箱だ。
その上に、銅、鉄、銀、金、虹とあり、上にいくほど出現率は低くなる。
現実的にお目にかかれるのは、せいぜい鉄箱まで。
銀箱が出たら大歓喜。
中身を売り払えば、半年は遊んで暮らせる。
金箱が出たら狂喜乱舞。
ラーメン屋を開業できる。
ゆくゆくはチェーン店にしたい。
そして、伝説の虹箱。
その発見者や中身について、公表されている情報はごくわずかだ。
しかし、世界各地にダンジョンがあり、冒険者は日々モンスターを討伐している。
それでも出会える者は、ほんの一握り。
出現率は、天文学的な数字に違いない。
それなのに、それなのに。
俺は、ぱっくんちょされた。
「……何だってんだよ」
あれは、夢ではない。
見間違いでもなかった。
生まれ故郷に千坪の土地を買って、俺様御殿を建てる未来。
炎天下、自宅プールで日焼けを楽しみ、ヒメノにブルーハワイジュースを持ってこさせる未来。
全部、どこへいった。
「……帰ろ。
命があっただけでも、儲けもんだよな」
悔しくはある。
だが、虹箱に擬態していたミミックを見抜けなかった自分が甘かったのだ。
そう思った、その時だった。
「おーい!」
通路の向こうから三人組の冒険者が歩いてきた。
見覚えがある。
ソロの俺と違い、群れないと駄目な雑魚どもだ。
たしか、Bランクだったか。
「あっ!」
一人の男が目を丸くした。
俺を見て、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「君、大丈夫?」
「え?」
俺の身を案じる声が柔らかい。
昨夜とは、大違いだ。
のり弁しか食べられない男の目の前で、超高級寿司を優雅に味わっていたときは、口汚く罵ってきたのに。
「こんな深層に女の子一人なんて危ないじゃないか」
思わず男とは反対方向を見る。
誰もいない。
「……は?」
もう一度、周囲を見回す。
やっぱり誰もいない。
俺も、雑魚三人も男だ。
ついに、性欲を爆発させて、幻覚を見ているのか。
だから言ったのだ。
下らない『初めては好きな人』主義など燃えるゴミの日に捨てろと。
さっさと風俗に行けばよかったのに。
「怪我はっ!?」
「あん?」
「怖かったよね! もう大丈夫だよ!」
肩に優しく手を置かれた。
叩いて、振り払う。
「お前、本当に頭、大丈夫か?
俺だ、俺。神崎士郎だ」
雑魚三人は固まった。
「……は?」
「だから、神崎士郎だって」
「え?」
「Sランク冒険者様の」
顔を見合わせる。
沈黙。
やがて、俺に話しかけてきた男が、神妙な面持ちで頷いた。
「そっか……。怖い思いをして、混乱しているんだね」
「あん?」
何を言っているんだ、こいつは。
混乱しているのは、むしろお前だろ。
「なるほどな。混乱のあまり憧れと重ねているのか」
「だけどよ。神崎さんに憧れるってありえねーだろ」
残りの二人も頷いた。
ヤバキノコでも拾い食いし、集団幻覚でも見ているのか。
「そうだとするなら、神崎さんだけは止めたほうがいいよ」
「ああ、あんなクズはそういねえ」
「頼むから、早く死んでくれないかな」
たとえ、キマっていたとしても、言って良いことと悪いことがある。
一昨日、ボコボコにしてやったのに、まだ反省が足りないらしい。
「あぁん?」
思わず声が漏れた。
日本でも数えるほどしかいない、Sランク冒険者様を愚弄するなど万死に値する。
「君みたいな新人冒険者を傷つけたことは、数知れず」
「酒を飲んでは、因縁をつけて喧嘩三昧。挙句の果てにはゲロを吐きまくり」
「競馬、競艇とギャンブル狂い」
「駄目男の見本だもんな」
「だけど、神崎さんがいるから『ああなっちゃいけない』と思えるけどね」
「超分かる。あれこそ、最低の最悪だよな」
好き放題言いやがって。
判決、死刑。
もう我慢の限界だった。
「よーし、お前ら!」
ダンジョンの壁を、ビシッと指さす。
「歯を食いしばって、そこに並べ! 前歯、叩き折ってやる!」
いつものように怒鳴った。
いつものように、相手が怯え、悲鳴をあげるはずだった。
だが、そこで違和感に気付いた。
「……あれ?」
自分の声を聞いて、首を傾げる。
「声、高くね?」
まるで、別人のような声だった。
死刑囚三人を指さす手が白かった。
「なんだ、この細い手……」
今まで気にも留めなかった違和感が、次々と押し寄せてくる。
「髪が長い。……というか、茶色いぞ?」
髪をつまむ。
短かったはずの髪が、肩まで伸びていた。
「どうしたの?」
男が心配そうに声をかけてくる。
「鏡! 鏡だ! 鏡を貸せ!」
俺は思わず叫んだ。
「いや、持ってないけど? ダンジョンに必要ないから」
「使えねーやつだな! そんなんだから、童貞なんだよ!」
反射的に言い返す。
「ど、どどど、童貞じゃないよ!」
男が真っ赤になって否定した。
どうでもいい。
俺は、愛刀『三千世界』を抜く。
数々の強敵を斬り伏せてきた、俺の相棒。
その刀身は磨き抜かれ、鏡のように美しい。
「……誰?」
そこに映っていたのは、知らない少女だった。
「だ、誰だよっ!? こ、この女っ!?」
長い茶髪。
整った顔立ち。
小柄というより、ちびっこ。
そして、性格の悪さが顔に出ているように見える三白眼で、俺を睨んでいた。




