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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第4.5章

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4.5章閑話

姉は、いつも眩しかった。


まだ言葉もろくに話せない頃から、そらは、それをよく理解していた。

姉が笑えば、周りの大人は皆、目を細めた。

姉が泣けば、皆が慌てて駆け寄った。

姉が、まだ小さな指先から淡い光を灯した日、母は、涙を流しながら抱きしめていた。


そらが同じことをしても、何も起きなかった。ただの、普通の子供だった。


それが悪いことだとは、誰も言わなかった。

母のおとはは、そらのことも、確かに愛してくれていたと思う。

だが、彼女の隣に立つと、自分の輪郭が、いつも少しだけ薄くなる気がした。


学校でも、同じだった。

理由なんて、後から考えれば、いくらでも見つかった。

姉のように目立つ才能がないこと。

人と話すのが得意でないこと。

ただ、突き詰めれば、そういうことではなかった気がする。

理由なんて、初めからなかったのだと思う。

ただ、そういう役回りを、誰かが最初に決めて、後は誰もそれを疑わなかっただけだ。


「――お前、いてもいなくても同じだよな」


その言葉を投げられた時、そらは、驚くほど何も感じなかった。

傷ついた、というよりも、ただ、答え合わせをされた気分だった。

――ああ、やっぱりそうなんだ、と。


誰にも、そのことを話さなかった。

母に心配をかけたくなかった、というのは、半分は建前だった。

もう半分は――話したところで、何も変わらないと、どこかで諦めていたからだ。



その日も、いつものように、一人で帰り道を歩いていた。

日が落ちるのが早い季節で、通学路の脇の空き地には、既に濃い影が落ちていた。


ふと、その影の中に、誰かが立っている気がした。


「――辛そうですね、少年」


顔を上げると、そこには、見覚えのない男が立っていた。

歳の頃は判然としない、整った顔立ち。

学者のような、落ち着いた佇まい。


「……誰、ですか」

「通りすがりの者です。少しばかり、あなたに興味を持っただけの」


普段のそらなら、すぐにその場を離れていたはずだった。

だが、その日は、なぜか、足が動かなかった。


「興味……」

「ええ。あなたは、随分と、静かに絶望していますね」


そらは、思わず息を呑んだ。


「あなたには、何もないわけではない。ただ、周りの人間が、あなたという存在の"価値"を、見誤っているだけです」

「そんなの……慰めなんて、いりません」

「慰めではありません。事実を、述べているだけです」


男は、静かに続けた。


「良い子である必要も、誰かの理想に応える必要もない。あなたが、あなたのままであることに、価値がある――それを、まだ誰も、あなたに教えてくれなかっただけのことです」


その言葉が、これまで誰にも触れられなかった場所に、まっすぐ差し込んでくるのを感じた。


「……あなたは、誰ですか」

「ファーベル、と申します。ただの、しがない学者です」


ファーベルは、そう名乗ると、初めて、微かに笑った。


「もしよろしければ、少し――お話でも、しませんか。あなたという存在について」


その日から、そらの世界は、少しずつ、変わっていった。



ファーベルは、多くを命じなかった。

ただ、そらが持つ、これまで誰にも顧みられなかった力――影に宿る、静かで、粘りつくような魔力――に、初めて名前を与え、その使い方を教えてくれた。


「あなたは、姉君のような、光り輝く力は持っていません。ですが、影は、光よりもずっと、多くのものを隠し、支えることができる。使い方次第では、光よりも雄弁な力になり得ますよ」


褒められることに、そらは、ひどく飢えていたのだと思う。

ファーベルの言葉一つ一つが、これまで空いていた場所に、静かに積み重なっていった。


やがて、ファーベルは、ある日、静かにこう告げた。


「――そろそろ、伝えておくべきでしょうね。あなたの母君に流れる力について」

「母の……力?」

「ええ。確率を歪める、稀有な血脈。今は眠っているだけの力ですが、いずれ、それを求めて、良からぬ者たちが動き出すでしょう。魔界にも、人間界にも、あの力に目をつけている者は、少なくありません」


そらの胸に、冷たいものが広がった。


「……母さんが、狙われる、ってことですか」

「時間の問題でしょうね。あなたが何もしなければ」


ファーベルは、そこで、初めて、そらの目をまっすぐに見た。


「私は、何をしろとも言いません。これは、あなた自身が、決めることです」



母を封印すると決めた日のことを、そらは、はっきりと覚えている。


雨の降る夜だった。

おとはは、いつものように、そらの帰りを気にかけていた。

何も知らない顔で、「おかえり」と言った。


その顔を見た瞬間、そらの中で、何かが静かに固まった。


――このまま何もしなければ、母は、いつか、誰かに利用される。あるいは、お姉ちゃんを守ろうとして、傷つくかもしれない。それに、母もお姉ちゃんも、結局、自分がいなくても、ちゃんとやっていける。


そう、自分に言い聞かせた。

本当は、それだけが理由ではないことも、心のどこかで、わかっていた。

誰かに強く必要とされたことのない自分が、初めて「決める」側に回れることに、どこかで昏い高揚を覚えていたのだと思う。


恨んでいたわけでは、なかった。恨めるくらいなら、まだ楽だったのかもしれない。


「――母さん」


そらは、静かに、影を広げた。


「ごめんなさい。……これは、僕が、決めたことです」


おとはが、何かに気づいたように顔を上げた瞬間には、既に、深い影がその足元を這い上がっていた。


「そら……? 待って、何を――」


最後まで、言葉は続かなかった。

おとはの姿が、静かに、深い眠りの底へと沈んでいく。


そらは、その光景を、最後まで見届けた。

涙は、出なかった。

ただ、これまでずっと薄かった自分の輪郭が、初めて、確かな形を持った気がした。


「――よくやりました」


いつの間にか、傍らに立っていたファーベルが、静かにそう告げた。


そらは、何も答えず、ただ、小さく頷いた。

その日から、そらは、二度と、後ろを振り返らないと決めていた。

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