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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第4.5章

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72話 再出発

しばらくの間、白い空間には、おとはの押し殺した嗚咽だけが響いていた。


ハルトは、何も言わずに、その音を聞いていた。

慰めの言葉をかけることも、背中をさすることもできない。ただ、隣に座って、彼女が顔を上げるのを待つことしか、今の自分にはできなかった。


やがて、おとはは、ゆっくりと顔を上げた。

目元は赤く腫れていたが、その奥にある光は、先ほどまでとは違っていた。


「……ごめんね。年甲斐もなく、みっともないところを見せてしまって」

「いえ……」

「でもおかげで、少しだけ、腹が決まった気がする」


おとはは、静かに紅茶のカップを置いた。

その仕草には、もう先ほどまでの、逃げ場を探すような揺らぎはなかった。


「ハルト君。一つ、大事な話をしないといけないの。今度こそ、ちゃんと」

「……はい」


おとはの声のトーンが変わったことに、ハルトは息を呑んだ。


「あなた達が向こうで発動させたタイムリープ――あれは、ハルト君の腕時計と、三人の悪魔の力があって、初めて成立したものだよね?」

「はい。そして、アサの最期の願いが、おとはさんの封印を解いてくれて……」

「うん。だから、ここで一つ、あなたに謝らないといけないことがあるの」


おとはは、まっすぐにハルトを見た。


「タイムリープが成功すれば、娘の死はなかったことになる。そうなれば、あの子の願いも、なかったことになる。……私の封印は、また元に戻ってしまうの」

「え……?」


ハルトは、思わず声を上げた。


「な、なんでですか。せっかく、解けたのに」

「時間を巻き戻すというのは、その地点より後に起きた出来事を、すべて『なかったこと』にするという行為だから。私の封印が解けたのも、その『後に起きた出来事』の一つに含まれてしまうの」


淡々とした説明だったが、その内容は、ハルトの胸に重くのしかかった。


「じゃあ……せっかく、こうして話せたことも……」

「ハルト君の記憶だけは、大丈夫よ。あの悪魔達の魔法が、ちゃんと守ってくれる。だから、この時間のことも、この話をしたことも、あなたの中には残り続けるわ」


おとはは、そう言って、微かに笑った。


「でも、私自身は――巻き戻った瞬間、また、あの何もない暗闇の中に逆戻り。振り出しに戻る、というやつね」


「そんな……」


ハルトは、拳を握りしめた。


「それじゃあ、意味ないじゃないですか。ここまで話せたのに、また、振り出しに……」


「意味は、あるわよ」


おとはの声は、静かだが、はっきりとしていた。


「だって、今度は、覚えている人がいるんだもの」


その言葉に、ハルトは、はっとした。


「私自身の記憶は消えても、あなたの記憶は残る。私がどこで、どういう形で封じられているのか、それを知っている人間が、この世界に一人だけいる。それって、すごく心強いことだと思わない?」


おとはは、そこで、ハルトの手を、そっと両手で包み込んだ。


「だからね、ハルト君。もう一度、私の封印を解きに来てちょうだい。今度は、あの子達自身の手で……いいえ、それが難しいなら、あなたの手を借りてでも構わない。もう一度、私を、あの子達に会わせて」


その目には、もう迷いも、逃げも、なかった。

ただ、まっすぐな願いだけが、そこにあった。


「……はい」


ハルトは、頷いた。


「約束します。今度こそ、必ず」

「うん。ありがとう」


おとはは、涙の跡が残る顔で、それでも柔らかく笑った。


「さて。そろそろ、私の話に付き合ってくれる時間も、終わりみたいね」


そう言った瞬間、白い空間の輪郭が、僅かに揺らぎ始めた。


「あ……」

「大丈夫。あなたはこれから、本来行くべき場所に戻るだけだから」


おとはは、静かに立ち上がった。


「みゆきにも、よろしく伝えてちょうだい。姉には、本当に苦労をかけているから」

「……はい。必ず」


ハルトは、頷いた。

おとはの姿が、光の中に溶けるように、薄くなっていく。


「じゃあね、ハルト君。……今度は、笑って会いましょう」


その言葉を最後に、視界が、真っ白な光に飲み込まれていった。


一瞬だけ、時間の感覚が消える。


その静寂の中で、ハルトはふと、右手の中指に触れた。


そこにはもう何もない。当然だ。あの指輪をもらったのは、まだ何も知らなかった頃の自分だった。


(――もう、要らないんだ)


危険を知らせてくれる指輪。だが、これから起きることを、ハルトはもう全部知っている。誰が、どこで、どんな目に遭うのか。何を選べば、何を守れないのか。


警告なんて、要らない。ちゃんと自分の目で見て、自分の意志で動く。今度こそ。


光が、視界の全てを塗り潰していく。


その中で、ハルトは静かに、そう決めていた。

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