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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第4.5章

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71話 責任と償い

しばらくの沈黙の後、ハルトは、それでも口を開いた。


「……あの、おとはさん」

「なに?」


おとはは、優雅にカップを傾けたまま、静かに視線を上げた。


「この後、おとはさんは、どうするつもりなんですか。アサや、そら君と」


その問いに、おとはは、ふっと目を細めた。


「……難しいことを聞くんだね」


はぐらかすような、軽い口調だった。


「まあ、いろいろあるけれど。とりあえず、そらには一発、げんこつくらいはくれてやらないとね。あんな立派な悪人面になっちゃって」


冗談めかした言葉に、ハルトは少しだけ笑った。

だが、その笑いは長く続かなかった。


「……それだけ、ですか」

「それだけ、って?」

「アサに会って、何を言うつもりなんですか。そら君に会って、何を伝えるつもりなんですか」


おとはの指先が、カップの縁でぴたりと止まった。


「……そういうのは、会ってから考えればいいことじゃないかしら」

「本当に、そう思ってます?」


ハルトの声は、まだ静かだった。

けれど、その奥に、何かがゆっくりと固まっていくような響きがあった。


おとはは、しばらく答えなかった。

視線を、カップの中の紅茶に落としたまま、動かない。


「……ハルト君。あなた、意外と鋭いんだね」


やがて、絞り出すように、おとはが言った。


「正直に言うとね。私、あの子たちに会うのが、少し――ううん、正直に言えば、かなり怖いの」

「怖い、って」

「六年よ。私は六年も、あの子たちの前から消えていた。その間に、あの子たちがどれだけのものを失って、どれだけ傷ついたか。私は、その場所にいなかった」


おとはの声は、少しずつ、いつもの余裕を失っていった。


「アサは、母親のいないところで、名前まで奪われて、たった一人で戦い続けた。そらは……そらに至っては、私が守ってやれなかったせいで、あんなところまで堕ちてしまった」


そこで、おとはは、笑おうとした。

いつものように、軽い調子で、この話を終わらせようとするみたいに。


「だから、まあ、その。何て言えばいいのかしらね。……気まずい、というか」


「――それは、逃げてるだけですよね」


ハルトの一言が、その笑いを遮った。


おとはが、はっとしたように顔を上げる。


「な、なに? 急に」

「気まずいとか、怖いとか。それは、逃げるための理由を並べてるだけに聞こえます」


「ちょっと、ハルト君。あなたね……」


おとはの声に、僅かに苛立ちが混じった。

年下の少年に、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


「私だって、辛いの。母親として、何もしてあげられなかった自分を、許せるはずがないじゃない」

「じゃあ、どうするんですか」

「だから、それは……」


言葉に詰まったおとはは、視線を逸らした。


「……時間を、かけるしかないんじゃないの? 私にも、心の整理をする時間が」


「時間って、いつまでですか」


ハルトの声が、少しずつ、大きくなっていく。


「一年ですか。十年ですか。それとも、一生かけて『そのうち』って言い続けるつもりですか」


「そこまで言うことないでしょう!」


おとはが、初めて声を荒らげた。

その目には、怒りというより、追い詰められた者特有の、動揺の色が浮かんでいた。


「私だって、辛い立場なの! あなたに、何がわかるって言うの?」


「わかりませんよ」


ハルトの声も、震えていた。


「わかりません。おとはさんが六年間、どんな思いで囚われてたのかも、母親としてどれだけ苦しんだのかも、僕にはわからない」


一度、言葉を切った。

腕の中に残る、ヒマリの重みが、まだ消えていない。


「でも」


ハルトは、拳を握りしめた。


「僕は、アサが、どれだけ一人で抱え込んでたか知ってます。名前も奪われて、それでも誰にも助けを求めずに、笑ってた。そら君が――」


声が、一瞬、詰まった。


「そら君が、僕の大事な人を殺しました。ヒマリ先輩は、僕の目の前で、冷たくなりました」


おとはの表情が、大きく揺れた。


「それでも、僕は、ここでおとはさんに、ちゃんと向き合ってほしいんです。時間をかけるとか、心の整理とか、そういう先延ばしじゃなくて」


「……ハルト君」


「なんでですか。なんで、今、それを言わないんですか。目の前に、僕がいるのに。あの子たちの話を、今できるのに」


おとはは、何も言わなかった。

ただ、唇を、固く結んでいる。


「母親、なんですよね」


ハルトの声は、もう、怒鳴ってはいなかった。

むしろ、絞り出すような、静かな声だった。


「だったら、怖くても、辛くても……向き合ってやってくださいよ」


長い沈黙が落ちた。


おとはは、俯いたまま、動かなかった。

その肩が、微かに震えているのが見える。


やがて、ぽつり、と。


「……ずるいね、ハルト君」


顔を上げないまま、おとはは呟いた。


「そんな正論、大人にぶつけるものじゃないわよ」


その声は、笑おうとしているのに、うまく笑えていなかった。

カップの上に、透明な雫が、一つ、落ちた。


「私は……」


続く言葉は、出てこなかった。

おとはは、ただ、両手で顔を覆った。


ハルトは、それ以上、何も言わなかった。

言うべき言葉を、もう持っていなかった。


白い空間に、おとはの、押し殺した嗚咽だけが、しばらくの間、静かに響いていた。

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