四章おまけ ヒマリ教授の鉄道講座 バッドエンド解説編
本編の重苦しい空気から一転。
どこからともなく現れたのは、マイクと台本が置かれた、あのラジオブースのような謎の空間である。
ただ、いつもとは何かが違っていた。
普段ならブース内を明るく照らしているはずの照明は、心なしか、いつもより控えめに落とされている。
「皆さん、こんにちは、栗島アオイです」
姿勢よく一礼したのは、いつものメイド服姿のアオイだった。
その所作は、普段の家事や給仕の場面と何ら変わらない、静かで折り目正しいものだったが、纏う空気だけは、どこか張り詰めていた。
「今回のヒマリ教授の鉄道講座は、担当者二名が、諸事情で出演できなくなってしまったため、代打で、私が担当させていただきます」
一瞬、言葉を選ぶように間が空いた。
「まず、前回の68話をもちまして、この『Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女』本編の前半パートは終了いたしました。ここまで読んでくださった皆様に、作者、そしてこのコーナーの代表者の代わりとして、感謝の言葉を伝えさせていただきます」
アオイは、そこで一度、深く頭を下げた。
いつもより長く、丁寧な礼だった。
「その上で、前半はバッドエンドからの、タイムリープということで、ハルト様がなぜバッドエンドを迎えてしまったのか、私のほうから、読者の皆様に、改めて説明させていただきます」
台本を持つ手が、僅かに、しかし確かに強く握られる。
「今回、ハルト様がバッドエンドを迎えてしまった理由は、単純です。ハルト様は、自らのガールフレンドが攫われてしまったことに動揺して、冷静な判断ができなくなった結果、事を急ぎすぎてしまったのです」
アオイは、そこで一拍置いた。
まるで、その先を口にすることに、僅かな躊躇いがあるかのように。
「具体的に申し上げますと、そら様――当時は、そう呼ばれていた方ですが、その方に対する違和感を、ハルト様は幾度となく覚えていました。物腰の柔らかさの奥に潜む、感情の温度の読めない硬さ。誰もが自然だと信じて疑わなかった言動の端々に滲んでいた、僅かな不自然さ。ですが、ハルト様は、その違和感に、正面から向き合うことをなさいませんでした。理由は単純です。目の前にアサ様の救出という、もっと大きな目的があったから。違和感の正体を確かめている時間があるならば、一刻も早く先へ進みたい。その一心が、結果として、ハルト様ご自身の判断力を鈍らせてしまったのです」
アオイは、カメラの方をまっすぐに見据えた。
「これは、ハルト様を責めるための解説ではありません。大切な人が危険に晒されている時、冷静さを保ち続けられる人間の方が、むしろ稀でしょう。……ですが、その優しさと焦りが、結果として、取り返しのつかない選択へと繋がってしまったこともまた、事実です」
一度、言葉を切る。
「もう一つ、申し上げるべきことがあります。ハルト様は、この四か月の間、確かに大きく成長されました。指輪の力を扱えるようになり、幾度もの特訓を経て、以前とは比べ物にならないほど、たくましくなられました。ですが、力とは、使う人間の判断力があって初めて、意味を成すものです。どれほど強い力を手にしていても、それを正しく使うための冷静さがなければ、その力は簡単に、悲劇を止める盾ではなく、悲劇を招く引き金になってしまう。今回のことは、その事実を、あまりにも残酷な形で証明してしまいました」
アオイは、そこで小さく息を吐いた。
「私自身、ハルト様にお仕えする身として、もっと早く、何かできることがあったのではないかと、今でも考えずにはいられません。……ですが、それを申し上げるのは、また別の機会にいたしましょう」
台本を一度、静かに閉じる。
「本来であれば、このコーナーは、あの元気で賑やかなお二人が、笑いながら進行してくださるはずでした。……正直に申し上げますと、私一人でこの場に立つことに、慣れない緊張を覚えております」
その声には、普段の落ち着き払った態度からは想像もつかない、微かな震えが滲んでいた。
「ですが、物語は、まだ終わっておりません。ハルト様は今、もう一度だけ与えられたチャンスに、その身を投じています。この先、あのお二人と再び笑い合える日が来るのか。それは、私にも、まだわかりません」
アオイは、深く一礼した。
「今回のヒマリ教授の鉄道講座は、以上とさせていただきます。……改めてになりますが、この話をもちまして、この物語は折り返し後半戦となります。次にこのコーナーを、あのお二人の声で、賑やかにお届けできる日を、私も、心から願っております。引き続き、この物語を最後までお楽しみください」
一礼したまま、しばらく動かなかったアオイの姿は、ゆっくりと、ラジオブースの暗闇へと溶けるように消えていった。
残された台本の表紙には、いつものタイトルロゴの下に、小さく一行、走り書きのような文字が添えられていた。
――次は、皆で。




