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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第四章

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68話 ロードムービー

「ハルト!」


ミニラストが駆け寄ってきた。


「アサちゃんは!?」


ハルトは首を横に振った。


「……そう」


ミニラストは瞳に涙を浮かべていた。

ハルトは全てに絶望した。

もう何も手立てがない。

アサもヒマリも失ってしまったハルトに、帰る場所なんてどこにもない。

ハルトは俯きながら、何かを誤魔化すように小さく笑おうとした。

笑おうとしたのに、笑えなかった。


「……ちくしょう」


ハルトは、ポツリと悔しさを口にする。


「……僕は、また……役に立てなかった」


ハルトは諦めのつかない諦めを抱えながら、ひたすらに自分を責めた。

自分を責めることでしか、自我が保てないくらいに消耗していたのだ。


ちくしょう……。

ちくしょう……。


ハルトは声を上げることなく、ただひたすらに、小さく泣き続けた。


「……おい、ハルトてめぇ」


不意に、エンヴィーが小さく声を上げた。


「まさか、ここで諦めるだなんて言わねぇよなぁ? マモンも、ラストもよぉ!」


顔を上げたエンヴィーは爆泣きしていた。


「まだ俺は、お前と魔法少女を倒してねぇんだぜ? あの時の借りはまだ返せてねぇんだぜ! ここで……こんなところで、終わるなんて、このエンヴィーが許さねぇ!」


エンヴィーは、ハルトの胸倉をガシッと力強くつかんだ。


「おい鉄オタのガキ! しっかりしろよ! お前は、悔しくないのかよ! こんな結末を迎えてよぉ!」

「……!」


エンヴィーの怒鳴り声で、ハルトの瞳に微かに光が戻ってくる。


「俺は滅茶苦茶悔しい! お前と魔法少女のガキは、俺の手で殺すって決めてたんだぜ!? 獲物を横取りされて、俺は悔しい!」


ハルトは小さく俯いた。

エンヴィーは、それに構わず、顔をグシャグシャにしながら言葉を続ける。


「なあ、なんとか言ってくれよ! マモンも、ラストのババァも! このままで、終われないだろ! 終わっていいはずがないだろ!」

「……悔しいよ」


ハルトは、ようやく声を絞り出した。


「悔しいに決まってる……。ヒマリ先輩も、アサも、僕が守るはずだったのに。何もできなかった」

「だったら!」


エンヴィーが、胸倉を掴む手に、さらに力を込めた。


「だったら、まだ諦めるんじゃねぇ! ここで膝ついて終わるくらいなら、最初っからオタクなんかやってんじゃねぇよ! オタクって言うのは、自分の理想を追いかけ続ける生き物なんじゃねぇのかよ⁉ アァ!?」

「……エンヴィー」


マモンが、静かにその名を呼んだ。

だが、いつもの飄々とした声色ではなかった。

そこには、抑えきれない怒りにも似た何かが滲んでいた。


「あんたも同じ気持ちのくせに、澄ました顔してんじゃないわよ」


ミニラストが、涙を拭いもせずにマモンに向けて言った。


「マモン。何か、ないの? あんたなら、何か知ってるでしょ」

「……ミニラストさん」


マモンは、しばらく沈黙した。

その視線が、ゆっくりとハルトの右手首へと移る。


「ハルト君。その腕時計を、少し見せていただいても?」

「これ……?」


ハルトは、力の入らない手で、腕時計を持ち上げた。

秒針だけが、何事もなかったかのように、静かに時を刻み続けている。


「宗介が亡くなる前に言っていたことがあります」

「……おじさんが?」

「ええ。『この時計は、どんな形であれ、必ずハルトの役に立つように作られている』と」

「……うん」

「そして、元々は『ルートコンパス』という魔道具だった」


マモンの目に、微かだけど鋭い光が宿る。


「エンヴィー、離してあげて。今は余計なことをする時間すら惜しいの」


エンヴィーが、渋々といった様子でハルトの胸倉から手を離す。

その目はまだ、涙で濡れていた。


「マモン。もったいぶってねぇで、さっさと言えよ」

「――時間は本来、人間が作り出した、空想上の概念です」

「どういうことかしら?」

「この世界には、本来、過去も未来もありません。あるのは、常に更新され続ける『今』だけということです」


マモンは、腕時計を見つめたまま、静かに続けた。


「この腕時計に流れる魔力の質は、恐らく、その『今』を記録するためのものです。まるで写真のように。……もしそうならば、この腕時計とハルト君の魔法を組み合わせることで、既に記録された過去の『今』を、もう一度呼び戻せる可能性があります」

「それって……」


ミニラストが、息を呑んだ。


「時間を、戻せるってこと?」

「厳密には、戻すのではありません。過去へ跳ぶのでもない。既に記録されている『今』を、もう一度上書きするように、ロードし直す。そういうイメージに近いでしょう」

「じゃあ!」


ミニラストが、ハルトの両肩を掴んだ。


「ヒマリ先輩も、アサちゃんも、また……!」

「――待ってください。話は最後まで」


マモンの声が、鋭くその期待を遮った。


「過去をロードするには、それ相応の力を必要とします。一度使えば、この時計は間違いなく壊れるでしょう。使用は、二度とできません。そして何より」


マモンは、そこで一拍置いた。


「もし過去に戻れたとして、その先に起きた出来事の記憶は、原則としてすべて消えます。セーブデータをロードするのと、同じ理屈です」


沈黙が落ちた。


「……全部、忘れるってことか」


エンヴィーが、掠れた声で呟いた。


「そら君の正体も、ファーベルのことも……全部?」


ハルトの声も、震えていた。


「ええ。何も対策を講じなければ、恐らくは」

「ふざけんな……!」


エンヴィーが、拳を強く握りしめる。


「せっかく取り戻すチャンスがあっても、また同じように騙されて、また同じように殺されるかもしれねぇってことかよ、それ!」

「その通りです。だから、対策が必要になります」


マモンは、静かに頷いた。


「ワタクシの本当の魔法は、事象を予測することではありません。未だ訪れてない『今』の事象を確定させること……それがワタクシの真の力です」

「……もしかして」

「ええ。ロードの瞬間、ハルト君に『記憶を保持している』という魔法をかける。そうすれば、ハルト君の記憶だけは、消去の対象から外れる可能性があります」

「だったら、それをやりゃあいいだろ!」

「簡単な話ではありません」


マモンは、首を横に振った。


「通常の記憶保持魔法自体は、そこまで大きな魔力を要しません。ですが今回は、ロードによって、『記憶保持魔法をかけたという事実』そのものまでもが、消去の対象になってしまう」

「……つまり?」

「記憶を守る魔法を、さらに守らなければならない、ということです。保護の、保護。二重の壁を張る必要がある。そうなれば、必要になる魔力は、通常の比ではありません」


誰も、その先を口にしなかった。

今の三人に、どれほどの魔力が残っているのか。

それを一番よく分かっているのは、他ならぬ三人自身だった。


「……やるわよ」


先に沈黙を破ったのは、ミニラストだった。


「三人分の残った魔力、全部注ぎ込めば、足りるかもしれない。……足りなくても、やる。それだけ」

「ミニラスト……」

「あたし、絶対に認めない。こんな終わり方。もう一度チャンスがあるなら、迷ってる暇なんてないでしょ」


エンヴィーが、乱暴に目元を拭った。


「……当たり前だろうが。誰が、このまま黙って終われるかよ」

「二人とも……」

「マモン、てめぇもだろうな?」


エンヴィーが、睨みつけるように言った。

マモンは、小さく肩をすくめる。


「ワタクシに拒否権があるようには、聞こえませんでしたが」


その口調に、いつもの飄々とした調子が、僅かに戻っていた。


「ハルト君。これは賭けです。ワタクシ達の力を持ってしても、成功する保証はどこにもありません」

「……それでも」


ハルトは、腕時計に、そっと手を添えた。


「僕は、賭けたい。もう一度だけ、チャンスがあるなら」


腕の中に、体温を失ったヒマリを、もう一度そっと抱き上げる。


「僕は、アサに、ヒマリ先輩に……みんなに、もう一度会いに行きたいから」


誰も、その言葉に異を唱えなかった。


「では、始めましょう」


マモンが静かに告げると、三人の悪魔は、それぞれ手を重ね合わせ、目を閉じた。

彼らの体から、これまでとは比較にならないほど濃密な魔力が立ち上り、渦を巻き始める。

床に、幾何学模様の陣が浮かび上がり、鈍い光を放ち始めた。


「ハルト君、目を閉じないでください」


マモンの声が、遠くから聞こえてくるように響いた。


「これから、あなたに記憶保持の術式をかけます。……痛みを伴うかもしれません」

「……大丈夫。やってくれ」


頷くと同時に、体の内側を、焼けつくような感覚が駆け抜けた。

悲鳴を上げそうになるのを、歯を食いしばって耐える。

視界の端で、マモンとエンヴィーとミニラストの体が、光の中でゆっくりと膝を折っていくのが見えた。


「マモン! エンヴィー! ミニラスト!」

「……大丈夫、です。これは、想定の範囲内、ですから……」


マモンの声が、既にかすれていた。

それでも、その口元には、いつもの微笑みが浮かんでいた。


「後は、ハルト君。……時計に、あなたの魔法を」


ハルトは、右手首の腕時計を、左手で強く握りしめた。

指先に意識を集中させる。

これまで、幾度となく練習してきた、あの感覚。

自分の中にある魔力のイメージを、腕時計へと注ぎ込んでいく。


文字盤の中央で、青白い光が瞬いた。

それは瞬く間に強さを増し、やがて広間全体を、まばゆい光で包み込んでいく。


「――戻ろう」


ハルトは、腕の中のヒマリを、そして、砕けた結晶の欠片を強く抱きしめながら呟いた。


パキン、という乾いた音と共に、腕時計の文字盤に、亀裂が走った。


「ハルト君!」


ミニラストの声が聞こえる。


「あとは、頼んだわよ!」

「てめぇ! 次負けたらただじゃおかねぇからな!」

「皆さんをよろしくお願いします!」


そう言って、三人の悪魔は笑った。

ハルトも最後の笑顔を見せる。


「うん! 行ってきます!」


視界が、真っ白に染まっていく。

音も、匂いも、痛みさえも、すべてが遠ざかっていく。

最後に見えたのは、崩れ落ちるように眠りについた、三人の悪魔たちの姿だった。


そして――ハルトの意識は、光の中に飲み込まれていった。

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