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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第四章

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67話 絶望

ハルトは、震える声で全てを話した。

そらの正体。

ファーベルという男。


そして、ヒマリが――もう、二度と目を覚まさないこと。


話し終えた頃には、喉がひりつくように痛んでいた。

マモンは、いつもの飄々とした表情を完全に消していた。

エンヴィーは拳を強く握りしめ、床を睨みつけたまま、何も言わなかった。


「……そう。ヒマリが」


ミニラストの声は、驚くほど静かだった。

だが、その拳は白くなるほど強く握られている。

ハルトもまた、俯いたまま、拳を強く握りしめた。

爪が掌に食い込む痛みだけが、辛うじて彼を現実に繋ぎ止めていた。


「アサは……。アサは、まだ……」

「ええ。ファーベルの言葉を信じるならば、まだこの先のどこかに」


マモンがそう言った瞬間、ハルトの体に、僅かながら力が戻った。

まだ、終わっていない。

まだ、間に合うかもしれない。

その一縷の望みだけが、今のハルトを立たせる、唯一の支えだった。


「……ヒマリは、あたし達が運ぶわ」


ミニラストが静かに、しかし有無を言わさぬ口調で言った。


「ハルト、あんたはアサを迎えに行きなさい。ヒマリの分まで」

「でも……」

「でも、じゃねぇ!」


エンヴィーが噛みつくように言葉を遮った。


「てめぇがここで足を止めたら、この女の死が、それこそ無駄になるだろうが……!」


ハルトは、唇を噛んだ。

それ以上、何も言えなかった。

マモンがハルトの肩に、そっと手を置く。


「行きましょう、ハルト君。私が付き添います」


円形の広間の奥、ファーベルが座っていた玉座のさらに奥に、小さな祭室のような空間があった。

中央に据えられているのは、淡い光を放つ半透明の結晶――人一人が横たわれるほどの大きさの、繭のような保存槽だった。

その中に、アサがいた。

目を閉じ、まるで眠っているだけのように穏やかな顔で、結晶の中に浮かんでいる。


「アサ……!」


ハルトは駆け寄り、震える手で結晶に触れた。

冷たく、硬い感触だけが、掌に返ってくる。


「これは……封印の一種ですね。魔力を結晶化させ、対象を保存する術式かと。おそらくは、彼女の力を確実に確保するための、いわば……生け簀のようなものでしょう」


マモンが険しい表情で結晶を見つめながら言った。


「解除できるの!?」


ハルトが叫ぶように問う。


「……できます。ですが」


マモンは一瞬、言葉を濁した。

その顔に浮かんでいたのは、これまで見たことのない、はっきりとした逡巡だった。


「マモン? どうしたの?」

「……いえ。今は、何も言いません。とにかく、解除しましょう」


マモンは静かに手をかざし、詠唱を紡ぎ始めた。

結晶の表面に、幾何学模様の光が走る。

パキン、と乾いた音が響き、結晶が砂のように崩れ落ちていく。

支えを失った体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

ハルトは咄嗟にその体を抱きとめた。


「アサ……? アサ、聞こえる?」


腕の中の体は、驚くほど軽かった。

頬に触れても、そこに体温はない。


「……そんな」


ハルトの手が、震えた。


「マモン……! アサは、アサはどうなってるんだ!」


マモンは、静かに目を伏せた。


「……申し訳ありません、ハルト君。この封印は、恐らく元々……」


その先を、マモンは言わなかった。

言う必要も、なかった。

ハルトの腕の中で、アサの体が、淡い光の粒子となって、ふわりと解けていく。

まるで、最初からそこに実体などなかったかのように。


「――待って、待ってよ……!」


ハルトが叫んだ、その時だった。

崩れゆく光の中に、アサの姿が、もう一度だけ浮かび上がった。

半透明の、残像だった。

だが、その表情は、ハルトがよく知っている、あの明るい笑顔のままだった。


『あ、ハルト君。……えへへ、また会えたね』


声が、直接頭の中に響いてくるようだった。


『ごめんね。多分もう、私の体、あんまり残ってないと思う。これ、たぶん最後に伝えられるチャンスだから、聞いてね』


「アサ……! 待って、まだ何も……!」


『大丈夫。ちゃんと聞こえてるから、そんなに焦らないで』


残像のアサは、困ったように、それでいて優しく微笑んだ。


『ハルト君、覚えてる? 私、言ったよね。また一緒に旅行して、動画撮ろうって』


「……覚えてる。忘れるわけ、ないだろ……!」


ハルトの声が、涙で滲んだ。


『あれね、本当は、もっとたくさん行きたい場所があったんだ。言えなかったけど』


『でも、もう無理みたい。ごめんね』


「謝るなよ……!  アサが謝ることなんて、何もないじゃないか……!」


ハルトは叫んだ。

腕の中で解けていく光の粒子を、少しでも繋ぎ止めようとするかのように、強く抱きしめる。


『うん。……ハルト君、そういうところ、変わってないね』


残像のアサの声が、少しずつ、遠くなっていく。


『そらのこと、恨まないであげて。それだけ、お願い』


「……なんでだよ。あんなことしたのに」


『それでも、私の大切な、弟だから』


その一言に、ハルトは言葉を失った。


『あ、それと』


思い出したように、残像のアサが少しだけ声のトーンを上げた。


『ヒマリのこと、よろしくね』


「……え?」


『あの子、すごく強がりだけど、本当はすごく寂しがり屋なの。人一倍頑張っちゃうタイプというか……。ハルト君がちゃんと隣にいてあげてくれたら、大丈夫だと思うから』


ハルトは、何も答えられなかった。

答えられるはずがなかった。

その「隣にいてほしい」と願った相手――ヒマリが、既にこの世界のどこにも存在しないのだと、アサはまだ知らないのだから。

喉の奥から込み上げてくるものを、ハルトは必死に飲み込んだ。


『それとね、ハルト君』


光の粒子が、いよいよ薄くなっていく。

アサの輪郭が、少しずつ滲んでいく。


『また会えたら、今度は三人で、どこまでも旅行に行こうね。……約束……だよ?』


「アサ……! 待って!  待ってよ!  まだ……まだ話したいことが……!」


『バイバイ……ハルト君』


最後にもう一度、あの明るい笑顔を見せて――光は、完全に消えた。


ハルトの腕の中には、もう何も残っていなかった。


「……あああああああっ!!」


慟哭が、円形の広間に、いつまでも響き渡った。


マモンは、何も言わなかった。

言葉をかければ、それがどんなに優しいものであっても、今のハルトを慰めることなどできないと分かっていたからだ。

彼はただ、崩れ落ちたハルトの隣に静かに膝をつき、その背中にそっと手を添えた。


どれくらいの時間が経っただろうか。

やがて嗚咽が収まった頃、ハルトは涙の跡が残る顔のまま、ゆっくりと顔を上げた。


「マモン……さっき、言いかけてたよな。この封印は、恐らく元々って」


マモンは、僅かに目を伏せた。


「……はい。おそらくこの保存槽は、最初から彼女を生かしたまま保つ機構ではなかったのだと思います。彼女の魔力だけを確保し、器としての肉体は、遠からず朽ちる前提で作られていた。……そんな気がしてなりません」


「……そんなの」


ハルトの声が、再び震えを帯びた。


「そんなの、最初から、助かる見込みなんて……」


マモンは、それ以上何も言わなかった。

沈黙こそが、この問いに対する、彼なりの誠実な答えだった。


ハルトは、砕けた結晶の欠片を、震える手で一つだけ拾い上げた。

淡い光は、もうそこには残っていなかった。

ただ、ひんやりとした感触だけが、掌に伝わってくる。


「……行こう、マモン。ヒマリ先輩のところに」


立ち上がったハルトの目に、涙はまだ残っていた。

それでも、その瞳の奥には、消えかけていた光が、もう一度灯り始めていた。

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