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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第四章

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65話 黒い刃

「……進みましょう」


ヒマリの静かな声に、ハルトとそらは頷いた。

デストロイだった何かは、既に白い光と共に完全に消え去っていた。

後には、コンクリートの床に残る焦げ跡と、静寂だけが横たわっている。

ヒマリの纏う空気は、先ほどまでとは明らかに違っていた。

頭痛に苦しめられていた頃の危うさはなく、ただ静かで、澄んだ強さがそこにあった。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ええ。……不思議なくらい、体が軽いです」


ヒマリは自分の掌を見つめながら、小さく微笑んだ。

三人は、これまでよりも幅の広い通路を進んでいった。

壁の質感が変わり、コンクリートから、まるで古い教会を思わせる石造りへと変化していく。

奥に進むにつれ、空気そのものが重く、粘つくように濃密になっていった。

やがて、通路の先に、ぼんやりとした光が見えてきた。


そこは、円形の広間だった。

天井は見上げるほど高く、中央には、玉座のようにも見える古びた石の椅子が一つ、静かに佇んでいる。

その椅子に、一人の男が腰掛けていた。

歳の頃は判然としない、整った顔立ちの男だった。

学者のような佇まいで、指を組み、こちらを興味深そうに見つめている。

腰元に提げているのは、剣でも杖でもなく、使い込まれた古い革表紙の手帳が一冊だけだった。


「……ようこそ。ここまで来られたのは、あなた方が初めてですよ」


男が、朗らかな声で告げた。

まるで来客を迎えるかのような、自然な口調だった。


「お前が……!」


ハルトが叫んだ。

この男が誰なのか、確信はなかった。

だが、この場に漂う圧倒的な気配――これまで出会ったどの敵とも違う、静かで底知れない何かが、彼がこの物語の中心にいることを、否応なく告げていた。


「初めまして、というべきでしょうか。私はファーベル。……あなた方が探し求めている、魔法少女は、私が預かっています」

「アサを返せ!」


ハルトが叫び、駆け出そうとした。


「返してもらいます」


ヒマリもまた、剣に変わるアクセサリーを構えながら、ファーベルへと視線を向けた。

その瞳には、迷いの欠片もなかった。

ファーベルは、椅子に座ったまま、微動だにしなかった。

ただ、静かに、口の端を吊り上げただけだった。


「返す、と言われましてもねぇ。私にも、私の目的がありますので」


その笑みに、ハルトの背筋を、言いようのない悪寒が駆け抜けた。


「……行きます」


ヒマリが地を蹴った、その瞬間だった。


「――ぁ」


鋭く一瞬だけ響いた金属音。

短い、掠れた声。

ヒマリの体が、不自然にぐらりと揺れた。


「先輩……?」


ハルトが振り返る。

ヒマリの胸から、腹にかけて。

背後から突き出された、黒く鋭い何かの切っ先が、深々と貫いていた。


「……そら、君……?」


ヒマリの口から、掠れた声が漏れる。

振り返ったその視線の先には、たった今まで一緒に歩いてきたはずのそらが、無表情のまま、彼女の背に手を――否、その手から伸びた黒い刃を、突き立てていた。


「な……」


ハルトは、目の前で起きていることが理解できなかった。

理解が追いつく前に、そらが刃を引き抜く。

ヒマリの体が、糸の切れた人形のように、力なく崩れ落ちた。


「ヒマリ先輩っ!!」


ハルトの絶叫が、円形の広間に響き渡った。

床に広がっていく赤黒い染みを見つめながら、ハルトは動けなかった。

ほんの数分前まで、確かに笑っていた人が。

自分自身の痛みと向き合い、新しい力を手にしたばかりの人が。

たった一瞬で、その命の光を失っていた。


「なんで人間って、こんなに愚かで、あっけないのでしょうね……」


そう呟くそらの表情は、何かこみあげてくる笑いを我慢するかのようだった。


「これはこれは。予想以上に、あっけないものですね」


ファーベルが、退屈そうにため息をついた。

そらは、刃についた血を、まるで埃でも払うかのように無造作に振り払った。

その仕草には、迷いも、感情の揺らぎも、一切見当たらなかった。


「そら、君……お前、まさか……」


ハルトの声は、震えていた。

そらは、ゆっくりと視線を落とし、床に倒れたヒマリを見つめた。

その目に浮かんでいたのは、憎しみでも、勝利の愉悦でもなかった。

ただ、どこまでも静かな――何かを観察するような、冷たい眼差しだった。


「よくやりました。私の可愛い臣下、スカイ君。この場を任せてもいいかな?」

「もちろんでございます。わが主」


ハルトは何も声が出せなかった。

ファーベルは静かに出口に向かう。

そして最後に一言。


「秋津ハルト君。君は非常に愚かな存在だ。何も見えていない。人間社会には学校というシステムがありながら、君はそこで何を学んでいるんだい?」


それを最後に、ファーベルはこの部屋から消えた。

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