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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第四章

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64話 覚醒

痛みが、限界を超えた。


「――ぁ……ああっ……!」


ヒマリの膝が、がくりと崩れる。

剣を支えにして、かろうじて体を保っていた。

こめかみを押さえる手が、小刻みに震えている。


「ヒマリ先輩!」


ハルトが叫ぶが、その声すら今のヒマリには遠く聞こえていた。


(また、これだ……)


視界の端が白く霞んでいく。

自分の内側で暴れる何かを、必死に押さえつけようとする。

だが、いつもそばで支えてくれていた温かい気配は、もうどこにもない。

ラストが消えてから、この痛みは全て、彼女一人で受け止めなければならなかった。


「ハハハハ! いい様だ! お前もまた、俺の血を引いているというわけだ! 制御できない化物の血をな!」


膨れ上がったデストロイが、勝ち誇ったように哄笑する。

その言葉が、ヒマリの中で何かに触れた。


(私が、この人と、同じ……?)


冗談ではない。そう思おうとした。

だが同時に、頭の奥に押し込めてきた記憶が、堰を切ったように溢れ出してくる。


――イタイ。

――お母さんが泣いている。

――お父さんが怒っている。


幼い頃の自分。

何もできず、ただ怯えることしかできなかった自分。

そして、その痛みに耐えかねた自分の中から、少しずつ漏れ出していった、名もない力。


(違う)


ヒマリは奥歯を強く噛みしめた。


(私のこれは、あなたのそれとは違う)


あの部屋で生まれた力は、確かに苦しみから生まれたものだった。

だが、それは決して「壊すため」の力ではなかった。


――ヒマリせんぱーい! 今のヒマリ先輩は! とっても幸せだってー!


不意に、脳裏に蘇ったのは、いつかあの空虚な空間で聞いた、ハルトの声だった。


――過去のヒマリ先輩も、頑張って生きてー! そしたら、絶対にいいことあるからー!


(そうだ……)


ヒマリは、震える手で剣を握り直した。


これまで、この痛みは「抑えるべきもの」だった。

ラストが食べてくれていた頃も、ラストが消えてから自分一人で抑え込んできた今も、ずっとそうだった。

まるで、爆弾を必死に押さえつけるように。


だが、今、初めて気づく。


この力は、押さえつけるべき「敵」ではない。


これは、幼い自分が、それでも生き延びるために、必死に紡ぎ出した力だ。

恐怖の中で、それでも誰かを――自分自身を守ろうとした、紛れもない自分自身の一部だ。


「……なるほど、そういうことですか」


ヒマリの唇から、静かな声が漏れた。

こめかみを押さえていた手が、ゆっくりと下ろされる。

荒かった呼吸が、少しずつ、しかし確実に整い始めていた。


「あ……?」


デストロイが、怪訝そうに眉をひそめる。


ヒマリの体の輪郭が、淡く、しかし確かな光を帯び始めていた。

それは禍々しいものではなく、澄んだ、青白い燐光だった。


「私は、ずっと勘違いをしていました」


ヒマリが、ゆっくりと顔を上げる。

その瞳には、もう先ほどまでの怯えも、痛みに耐える苦しさもなかった。

ただ、静かで、まっすぐな光だけが宿っていた。


「この力は、押し殺すものじゃない。……私自身が、私自身と向き合うための力だったんですね」


「な、に……を……」


デストロイが、初めて僅かに気圧されたように後ずさった。


「ラスト。……あなたが守ってくれていたもの、ちゃんと私、受け継ぎましたよ」


ヒマリは小さく、誰にともなく呟いた。

次の瞬間、彼女の全身を包む光が、一気に強さを増した。


「ソード・グローリー――」


これまで聞いたことのない詠唱だった。

剣に変わっていたアクセサリーが、さらに眩い輝きを放ち始める。


「なん、だと……!?」


デストロイが咄嗟に巨腕を振り上げるが、その動きは、先ほどまでとは比較にならないほど、ヒマリの目には緩慢に映っていた。


「――終わりにしましょう。お父さん」


ヒマリの姿が、掻き消えた。


「え……」


ハルトが目を見開いた瞬間には、既にヒマリはデストロイの懐深くに入り込んでいた。

振り抜かれた剣閃が、これまでとは比較にならない光を纏い、爛れた巨体の中心を、真っ二つに切り裂く。


「ガアアアアアッ!!」


デストロイの絶叫が、通路全体を震わせた。

膨れ上がっていた黒い霧が、まるで浄化されるかのように、白く輝きながら霧散していく。

ハルトは、その光景を、言葉もなく見つめていた。


(先輩が……変わった……)


先ほどまでの、痛みに耐えるだけだったヒマリではない。

今、目の前に立っているのは、自分自身の全てを受け入れた、一人の魔法少女だった。


「……ヒマリ、先輩」


ハルトの掠れた呟きは、静寂の中に、静かに溶けていった。

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