63話 成長痛
戦いは、膠着していた。
ヒマリの剣が幾度となくデストロイの巨体を捉えるが、その傷はどれも表面的なものに過ぎない。
黒い霧を噴き出しながらも、爛れた肌はすぐに元通りに盛り上がり、傷口を塞いでいく。
「……再生も、していますか」
ヒマリが荒い息の下で呟いた。
額に張り付いた前髪の隙間から覗く瞳には、焦りの色が滲み始めている。
「無駄だ無駄だ! 削っても削っても、俺はまた元に戻る! お前如きが、俺に敵うと思うなよ!」
デストロイが哄笑しながら、巨腕を振り回す。
ヒマリはそれを紙一重で避け続けているが、避けるだけの体力にも、いずれ限界が来ることは明らかだった。
(このままじゃ……)
ハルトは壁際で拳を握りしめながら、焦燥感に胸を焼かれていた。
何かできることはないか。
何か、自分にしかできないことは。
視線を落とすと、自分の左手薬指に嵌められた二つの指輪が目に入った。
先ほどまで片方は青かった光も、今ではどちらも黄色く点滅していた。
(アサ……)
その光を見た瞬間、腹の底から、何かがこみ上げてくるのを感じた。
「そら君、下がってて!」
ハルトはそう叫ぶと、震える足を叱咤して、ヒマリの方へと駆け出した。
「ハルト君、危ないです! 下がって……!」
ヒマリが叫ぶが、ハルトは止まらなかった。
デストロイの注意が一瞬ヒマリから逸れた隙を突き、ハルトは右手を突き出す。
「……ッ、集中しろ……!」
ずっと……ヒマリと共にずっと積み重ねてきた特訓の記憶を、必死にたぐり寄せる。
魔力を、掌に。
感情を、力に変換する。
ヒマリに教わった通りに、心の奥にある何かを、静かに、しかし強く引き出す。
掌の上に、小さな光の粒子が集まり始めた。
まだ頼りない、消えそうなほど淡い光だった。
「――そこだ!」
デストロイの反応は、ハルトの想定よりも遥かに速かった。
巨腕がハルトの光の粒子ごと薙ぎ払う。
「ぐああっ!」
弾き飛ばされたハルトの体が、通路の壁に叩きつけられた。
「ハルト君!」
ヒマリの悲鳴じみた声が響く。
「ハルトさん!」
そらもまた、青ざめた顔でハルトの元へ駆け寄ろうとした。
「……っ、大丈夫、だ……」
ハルトは咳き込みながらも、なんとか体を起こす。
肩に走る鈍い痛みに顔をしかめながら、それでも視線だけはデストロイから離さなかった。
(届かなかった……。でも……)
一瞬でも、確かに何かが掌に生まれた感覚があった。
それだけが、今のハルトにとって唯一の収穫だった。
「――目障りなガキだ」
デストロイの視線が、再びヒマリへと戻る。
「お前がそうやって、誰かに守られようとするたび、俺は反吐が出る。昔から、そうだったな。俺が何を言っても、お前はいつも誰かの後ろに隠れていた」
「……違います」
ヒマリが低く言い返す。
剣を構え直すその手には、先ほどまでとは違う、静かな怒りが宿っていた。
「隠れていたんじゃない。守られていたんです。……あなたには、一生わからないでしょうけど」
「減らず口を!」
デストロイが再び突進する。
だが、その動きに、わずかな変化があった。
「……っ、これは……!」
ヒマリの表情が、驚愕に歪む。
デストロイの爛れた肌の紋様が、ぶつぶつと不気味に脈打ち始め、その体躯が、さらに一回り膨れ上がっていったのだ。
「なんだ、これは……」
「まさか、まだ力を隠していたんですか……!」
そらが呆然と呟く。
「ハハハハ! いいぞ、その怯えた顔! もっと見せろ! 俺に従え!」
デストロイの声が、二重に、三重に反響するように歪んでいく。
まるで、彼の中にある何かが、限界を超えて溢れ出しているかのようだった。
ヒマリは剣を握りしめたまま、じりじりと後退する。額から流れる汗が、一筋、頬を伝った。
(頭が……痛い……)
こめかみの奥で、鈍い痛みがまた疼き始めている。
ラストが消えて以来、抑えることが難しくなっているあの痛みが、今、最悪のタイミングで牙を剥こうとしていた。
「先輩……!」
ハルトの声に、ヒマリは振り返ることができなかった。
目の前の巨体が、今まさに、より深い闇へと姿を変えようとしている。
その光景を、ハルトはただ、拳を握りしめて見つめることしかできなかった。




