6話 ???
エクソシスト。
カトリック教会において、悪魔に取り憑かれたとされる人や場所から悪魔を追い出す者達である。
悪魔なんてまるで、神話のようだ。
そう考えている人もいると思う。
しかし現実には、この悪魔と呼ばれる何かが存在している。
悪魔は人間の生活に害を与える存在である。
よって、誰かがそれらに立ち向かう必要があるのだ。
誰にも日の目を浴びない存在として……。
ハルトやアサと同じ大学に通う、その深い紫髪の少女もまた、その一人だった。
「……チッ」
湿り気を帯びた路地裏に、不快な舌打ちが響く。
「ここまで追い詰められて舌打ちですか? 随分と余裕があるんですね」
少女は、感情の欠落した真顔で、目の前の怪異を射抜いた。
そこにいたのは、頭部から醜悪な角を突き出し、全身をどす黒い殺意で塗りつぶした人型の「何か」だ。
「……俺は強い。そこらの中級悪魔と一緒にしてもらっちゃあ困るんだよ、ガキが!」
悪魔は負け惜しみじみた咆哮を上げる。
しかし、少女の瞳に映るのは、恐怖ではなく、ただの「作業」に対する淡々とした義務感だけだった。
「そうですか」
刹那、夜の闇を銀の閃光が切り裂いた。
ザクっ、という硬い肉が断たれる鈍い音が一度。それだけで十分だった。
次の瞬間には、悪魔の首は宙を舞い、地面に転がった死体は霧のように霧散していく。少女は手にした白銀の剣を翻し、付着した黒い血を振り払うことさえせず、ただ無造作に右ポケットから伊達メガネを取り出した。
「そのセリフは、私に一撃でもダメージを与えてから言ってほしいものです」
レンズ越しに見る世界は、先ほどまでの血生臭い戦場とは別のフィルターがかかったように静まり返っていた。
今日の討伐任務は、これで完遂である。
今晩屠った悪魔は、とある女性の心に憑りついた個体だった。
浮気されたことへの逆上、煮え滾る憎悪――その膨大な負のエネルギーを苗床にして肥大化し、あろうことか浮気相手の男を殺害。
さらに、事切れた男の死体から「生気」を直接啜ることで、通常の悪魔を遥かに凌駕する力を蓄えていた。
人間の生命エネルギーを吸収した悪魔は、生物学的、あるいは呪術的な強度を数倍にまで跳ね上げる。
生気を喰らった悪魔は、その力を糧に更なる獲物を求め、放置すれば最終的には人の手には負えない厄災へと変貌する。
ゆえに、一度でも「人の味」を覚えた個体は、情状酌量の余地なく、即座にエクソシストの討伐対象としてリストアップされるのだ。
実際、悪魔側も生き残るために姑息な手段で対抗してくる。
エクソシストとの戦いは、歴史の裏側で繰り返される終わりのない鼬ごっこに他ならない。
だが、いかんせんこの紫髪の少女は、並の悪魔では掠り傷一つ負わせることすら叶わないほど、その実力は隔絶していた。
「リダクション」
彼女が短く呟くと、手にしていた長剣が魔法の術式に従い、手のひらサイズへと収束していく。
特殊な圧縮魔法が施されたその武器は、非戦闘時にはアクセサリー程度の大きさにまで縮小され、周囲に悟られることなく持ち運びができる代物だ。
ふと、深夜の静寂をスマートフォンの着信音が切り裂いた。
液晶に表示された名前を見た瞬間、彼女の眉間がわずかに寄る。深く、重いため息を一つ。それから通話ボタンを押した。
「……ヒマリです」
淡々と、自分の名を告げる。
『討伐、ご苦労だった。現場の処理はこちらで進めておく。……それと、頼まれていたターゲットの情報をまとめておいた。詳細はそちらで確認してほしい。明日以降はそのターゲットを調査する任務を許可する』
「了解しました。……失礼します」
短いやり取りの後、画面が暗転する。
送られてきたPDFファイルを開くと、そこにはとある男の情報が細かく記載されていた。
彼女の無機質な瞳が、特定の単語に止まる。
「……やはり、そうでしたか」
夜風が、彼女の紫髪を乱暴に揺らした。
少女はメガネのブリッジを押し上げると、夜の闇に溶け込むようにして、駅の方へと歩き出した。




