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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第一章

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5話 私ね、魔法少女なの

「……はぁ、はぁ、ちょっと、待って……!」


大学のすぐ近くにある緑豊かな公園。

平日の午前中、本来なら講義を受けているはずの時間に、ハルトの荒い息遣いが響き渡った。


浅野に腕を引かれ、キャンパスからここまでノンストップで連行されたのだ。

運動不足の文系大学生であるハルトにとって、この距離の強制連行はもはや拷問に近い。


「着いた! ここなら人も少ないし、誰にも聞かれないわね」


涼しい顔で周囲を見回す浅野。

ハルトはベンチになだれ込み、酸素を求めて空を仰いだ。


「ぜぇ、ぜぇ……。な、何なんだよ、一体……。授業サボってまで、こんなところに連れてきて……」


「大事な話があるの」


「大事な話って……なんだ? 告白でもしてくれるのか?」

「違うわよ! そんなわけないじゃない!」


浅野は腰に手を当て、仁王立ちでハルトを見下ろした。

「……いや、よく考えなくても、確かに告白かもしれないわね」

その表情は真剣そのもので、ふざけている様子はない。


ハルトは呼吸を整え、姿勢を正した。

昨日の今日だ。まずは彼女の話を聞こう。

そして、隙を見て謝罪するのだ。


「わかった。聞くよ。……で、話って?」


浅野は一度大きく深呼吸をすると、真っ直ぐにハルトの目を見て言った。


「単刀直入に言うわ。私ね、魔法少女なの」

「…………は?」

ハルトの思考が停止した。

時が止まるとは、まさにこのことだ。

公園の木々のざわめきも、遠くの道路を走る車の音も、一瞬にして遠のいた気がした。


「……えっと、ごめん。もう一回言ってくれる?」

「だから、私は魔法少女なの。魔法使いの家系に生まれて、魔法が使えるの」

「目覚めたこ〜ころに〜はしり〜だした〜み〜らいを〜守るため〜」

「確かにそうだけど、全然違うし、いろいろなところから怒られそうだからやめて!」

「ティーダの」

「最低よ!」

なんで通じるんだよ。だいぶ昔のネットミームだぞ……。


「……それで、魔法少女っていうは本当なの?」

「今から証拠を見せるわ」

「証拠って……ステッキからビームでも出す気か?」

「ビームは出さないけど……見てて」


浅野は、公園の奥にある自動販売機の方を指差した。

そこには、一人のサラリーマンが立っていた。

くたびれたスーツに、猫背の背中。

手には飲みかけの缶コーヒーを持っているが、その表情は「人生に疲れた」と書いてあるかのように暗い。

おそらく営業周りの途中、公園でサボ……休憩しているのだろう。


「あの人を見てて」

「あのおじさんがどうしたのさ」

「今から、あの人を少しだけ幸せにするから」


浅野は右手をスッと掲げた。

その仕草は、アニメのような派手なポーズではない。

ただ、風の流れを変えるように、指先を優しく振っただけだ。

けれど。

ハルトは見た。

浅野の指先から、陽炎のような、あるいはプリズムのような光の粒子が、ふわりと舞ったのを。


(……え?)


それは錯覚か、木漏れ日の悪戯か。

光の粒子は風に乗ってサラリーマンの方へ飛んでいき、彼の背中あたりで溶けるように消えた。

直後。

カラン、コロン。

自動販売機の取り出し口に、乾いた音が響いた。

サラリーマンが驚いて振り返る。

彼が飲み終わった缶をゴミ箱に捨てようとした拍子に、ポケットから小銭入れが落ちた――わけではない。

彼がふと、足元に落ちていた何かに気づいて拾い上げたのだ。


「……お?」


遠目でも、彼の表情がパッと明るくなるのがわかった。

彼が拾い上げたのは、500円玉だった。

誰かが落として、自販機の下に転がり込んでいたのが、風の悪戯か何かの拍子に、キラリと光って彼の目に留まったのだ。


「ラッキー……! これで昼飯グレードアップできるじゃん」


サラリーマンの独り言が風に乗って聞こえてくる。

彼は嬉しそうに硬貨をポケットにしまうと、先ほどまでの死んだような顔が嘘のように、背筋を伸ばして公園を出て行った。

その足取りは、明らかに軽い。


「…………」


ハルトは呆然とその後ろ姿を見送った。

ただの偶然かもしれない。

500円玉が落ちていたのも、彼がそれを見つけたのも。

だが、あの光の粒子。

そして、あまりにもタイミングの良すぎる展開。


「……今、何をしたの?」


ハルトが恐る恐る尋ねると、浅野は得意げに鼻を鳴らした。


「『運命の調整』よ。ほんの少しだけ、確率を変動させて、彼に小さな幸運が訪れるようにしたの」


ハルトの頭には、疑問符が浮かんでいる。


「運命の……調整?」

「そう。私の家系、浅野家は代々『人を幸せにする魔法』を受け継いでるの。……私達一族の役目は、困っている人の背中を少しだけ押したり、探し物を見つけやすくしたり、そういう『小さな奇跡』を起こすことなの」


浅野は自分の手のひらを見つめ、優しく握りしめた。


「昨日の駅で荷物を持ってあげたお婆さん、いたでしょ? あの時も、お婆さんが一番楽に階段を上る方法が、直感的に『見えた』の。だから迷わず助けに行けただけよ」


ハルトは半ば信じられなかった。

運命の調整なんてことは、偶然でいくらでも片づけられてしまうからだ。

だけど、浅野さんが指をふわっとさっきのサラリーマンに向けたとたん、まるで仕組まれていたかのように彼に幸運が訪れていた。

それに、浅野さんが困っている人を助けたいという気持ちは本物なのかもしれないと、ハルトは昨日新宿駅で思ったばかりだ。

ハルトにとって、そこに魔法があるかないかは関係なかった。

なのでここは、一度浅野さんが魔法使いであることを前提に話を進めることにした。


「……信じてくれたかしら?」


浅野が覗き込んでくる。

ハルトはため息をつき、降参するように両手を上げた。


「……悔しいけど、信じるよ。今の光、幻覚にしちゃあ綺麗すぎたし」

「……ふん! まあ、これくらいわかってくれなきゃ、逆にハルトの頭が心配ね」


そう言いつつも、浅野はとても嬉しそうにしている。

ハルトはポリポリと頭を掻いた。

さて、ここからが本題だ。

彼女の秘密を知ってしまった。

そして、昨日のことを謝らなければならない。


「あのさ、浅野さん」

「ん?」

「昨日は……怒鳴って冷たい言葉を言ってごめん」


ハルトは深々と頭を下げた。

母の教え通り、言い訳はしない。


「……なんであんなに怒ったの?」

「それは……」


ハルトは言葉に詰まった。

本当の理由を言っていいのかどうか。


「いいの。私は別に怒ってないわ。……ただ、理由を知りたいの」


その視線はまっすぐだった。


「浅野さん、距離の詰め方が速すぎて、それに驚いてしまったから。別に、昨日の授業で煩くしたことに対して、怒ってるわけではなくて……」

「なるほどねぇ……」


浅野さんは、うーんと唸った。


「わかったわ! じゃあ、これから少しずつ関係を詰めていけば、ハルト君と友達になれるのね!」

「え?」

「えじゃないわよ! あのね、私は傷ついたのよ! 昨日あんなに冷たい言い方されて、私の心にブリザードが吹いたわ!」

「本当にごめんなさい」


浅野さんはうんうんと頷いた。

そして、浅野さんはにやりと笑い、ハルトに一歩詰め寄った。


「……それで?」

「え?」

「私に謝って、どうするつもりかしら? まさか、仲直りして、はいサヨウナラ?」

「え? いや、それは……」


確かに、謝罪して終わりだと思っていた。

住む世界が違いすぎる。

彼女は魔法使いで、自分はただの旅行オタクだ。


「ハルトくん。私ね、実は困ってるの」

「困ってる?」

「さっき言った通り、私は魔法を使って人助けをするのが仕事……というか、家業なの。なのに、私には致命的な弱点がある」

「……方向音痴?」


そうよと、浅野さんは頷いた。

「昨日だって、ハルト君に出会うまで、新宿駅をずっとぐるぐるしてて、危うく高尾山口行きのピンク色の電車に乗ってしまうところだったわ」

なるほど。それはかなり重症である。

「私は家の仕事として、各地に自分の足で行って、依頼人の悩みを魔法で解決する必要がある。でも、方向音痴の私一人では、とても不安なの」

そう言って、浅野さんはハルトを指さしてにっこりと笑った。

「だからね、ハルトくん。あなたが必要なの」


浅野さんは、何かに確信を持たせるかの如く、ハルトの両肩を掴んだ。


「あなたは旅行オタクでしょ? 地図も読めるし、電車の乗り換えも完璧。人間GPSみたいなもんじゃない」

「人間GPSって……」

「私と手を組みなさい。私が人助けをする現場まで、あなたが私を運びなさい」

「はぁ!? なんで僕がそんなパシリみたいなことを!」


ハルトは抗議した。

動画の編集もあるし、大学の課題もある。魔法少女の付き人なんてやっている暇はない。


「もちろん、タダとは言わないわよ」


浅野はニヤリと笑った。悪戯っ子のような、魅力的な笑みだ。


「あなた、YouTuberなんでしょ? 登録者数、500人だっけ?」

「……512人ですけど」

「私、あなたのYoutubeチャンネルに出るわ」

「えっ?」

「えっじゃないわよ。女の子が登場する鉄道旅行のチャンネル、魅力的だと思わない?」

浅野さんはいたずらっ子のようににやりと笑った。

「確かに……?」


ハルトは顎に手を当てた。

YouTuber『銀次』としての脳が、高速で計算を始める。

自分の動画は、風景と電車の映像がメインで、顔出しはしていない。解説も音声のみだ。

そこに、この彼女というキャラクターが加わったらどうなるか。

ルックスは文句なしに良い。明るくて、リアクションも大きい。そして何より、この「予測不能な行動」は、動画の企画として間違いなく面白い。

『方向音痴の女子大生と行く鉄道旅』。

……伸びる。確実に、今の再生数より伸びる。


「……顔出し、OKなの?」

「全然平気。むしろ目立ちたいくらいよ!」

「魔法のことは?」

「それは秘密。動画ではあくまで『ドジっ子女子大生』として振る舞うわ。……どう? 悪い話じゃないでしょ?」


浅野が右手を差し出す。

これは、悪魔の契約か、それとも未来への切符か。

ハルトはゴクリと唾を飲み込み、その手を見つめた。

困っている人を助けたい浅野。

面白い動画を作りたいハルト。

利害は一致している。それに何より……。

このハチャメチャな魔法少女と一緒にいたら、退屈な日常が壊れていく予感がした。

それは、旅行に出かける前のワクワク感に似ていたのだ。


「……ってちょっと待った!」


ハルトは、とある重要な違和感に気が付いて、一度ストップをかけた。


「何よ! 今漫画だったら、これから長く続くコンビが結成されるいいシーンだったじゃない!?」

「いや確かに、いいシーンなんだけどさぁ。……違うんだよ」


浅野さんは不満そうに口を尖らせる。

それに対してハルトは、自信なさそうな表情で下を向いた。


「何がよ」

「……浅野さんが僕を選ぶ理由がないんだ」

「……は?」


浅野さんは若干キレているような気がしなくもないが、ハルトは構わず言葉を続ける。


「僕は、正直言って、世間的に見れば、陰キャメガネの気持ち悪い鉄道オタクという分類にあると思うんだ。……多分、僕なんかより、浅野さんのコンビに相応しい人なんていっぱいいると思うんだよ。それこそ、旅行好きの、ザ・陽キャ男子の方がコンビ相手として、一緒にいて楽しいんじゃないかな……?」


ハルトは絞り出すように、自分の拙い思いを伝えた。

それに対して浅野さんは、一瞬目が点になった後、全てに呆れたかのようにため息を吐く。


「ハルト君ってもしかして、相当な馬鹿ね」


浅野さんは、まるでそれが当たり前の事実であるかの如く、強い口調で言い切った。

それに対して、ハルトは反抗しようとする。


「ば、馬鹿とは何だよ!」


しかし、浅野さんは腰に手を当てて、言葉を続けた。

ぷんぷんという擬音がぴったりである。


「ええ、あなたは大馬鹿よ! あのね、言っておくけど私の仕事は、恋愛ごっこでも友達ごっこでもないの。あくまでビジネスパートナーなのよ。ビジネスパートナーは、自分が信頼できると思った人を選ぶに決まってるじゃない」

「それにしたって、僕と浅野さんはまだ出会ってから三日しか経っていないじゃないか。そんなことで信用なんて……」

「じゃあ逆に聞くけど、ハルト君は私のこと信用してないの? 私といて楽しくなかったかしら?」

「それは……」


ハルトは一日目の出来事を思い出した。

確かに出会いは唐突で、滅茶苦茶彼女に振り回された一日だったが、『つまらない』とは思わなかった。


「昨日、ハルト君にキレられたじゃない? 家に帰ってから、ずっと、その理由を考えてきた。けれど、いくら考えてもわからないから、逆にこっちがムカついてきちゃって。私に「うるさい」が理由で、ここまで怒った同級生は初めてよ。本当は、もっと別の手段で反撃をしたかった」

「別の手段って……」

「でもそこまで考えてふと思ったの。いっそのこと、私の仕事を手伝ってもらえばいいじゃないって」


普通そうはならんだろ。

そんなハルトの思いにこたえるかのように、浅野さんは、最後の言葉を続けた。


「私はね、『なんとなく』ハルト君とは喋りやすいの。これから長い付き合いになるかもしれない相手なんだから、気兼ねなく何でも話せる相手って重要じゃないかしら?」


なるほど。

どこかで聞いたことがある。

女性は、男性を一目見た瞬間に、脈ありフォルダーと脈無しフォルダーに分類するらしい。

恐らく自分は、浅野さんから見て、脈無しフォルダー、とどのつまり、『ただの友人』に分類されてしまっているようだ。

気兼ねなく喋りやすいというのは、まさにそういうことなのだろう。

だとしたら、自分の方から細かく考える必要はないのかもしれない。

こちらも、今まで通りの自分でいいのだから。


「で、改めて、契約してくれるかしら?」


浅野さんは再びハルトに、手を差し出した。

そこにはきっと、特別な感情なんて、一切ないのだろう。

それでも、例えどんな結末を迎えようと、その手を取ることは何かを変えてくれるかもしれないと、ふと頭をよぎった。



「……わかった。その契約、乗るよ」


ハルトは浅野の手を握り返した。


「交渉成立ね! よろしく、相棒!」

「よろしくお願いします、魔法少女さん」


握手をした瞬間、ふわりと風が吹いた。

二人の髪が揺れる。

それは、これから始まるハプニングだらけの旅路を祝福するような、爽やかな風だった。


「よし! じゃあ早速、今日から私のことは、アサと呼びなさい!」

「うん、わかったよ、アサ」

「え? 女の子をあだ名で呼ぶのよ。ちょっとは恥ずかしがったりしないのかしら?」

「どうして恥ずかしがる必要があるのか、論理的説明が欲しいな」


くっ……と、アサは唸った。


「まあいいわ。今日の放課後も依頼があるから、付いてきてもらうわ! カメラの準備をしときなさい」

「えっ、今日!? 今から!?」

「当たり前でしょ! 困ってる人が待ってるのよ! 場所はね……えっと、『キチジョウジ』ってところ!」

「吉祥寺か。ここからだと地下鉄と井の頭線を乗り継がないと……」

「よくわかんないから案内してちょうだい」


浅野……改めてアサは繋いだ手を離さず、授業に戻るため、そのまま大学の方へと走り出した。

ハルトはまたしても引きずられながら、心の中でつぶやいた。


(僕はとんでもない人と契約をしてしまったかもしれない……)


こうして。

旅行オタクの男子大学生と、方向音痴の魔法少女。

凸凹な二人のYouTuberコンビが、ここに爆誕したのである。

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