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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第三章

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56話 理由

ハルト、ヒマリ、そして、浅野そらの三人は、最寄りのファミレスに入った。

「さて、それでは、順を追って説明しますね」


そらは、アイスコーヒーを飲みながら話し始める。


「浅野家は、確率を操作して、幸せを与える魔法を家業にしている家、だということは、ご存じですか?」

「はい。それは、アサ……お姉さんから聞いています」


ヒマリは、ゆっくりと答えた。


「ありがとうございます。じゃあ、話が早いですね」


 そらはグラスをコースターの上に戻した。氷が一つ、小さな音を立てて沈む。


「秋津さん。魔法のことが世間に知られていないのは、なぜだと思いますか」

「え? ……それは、管理局が隠してるから、じゃないのですか?」

「隠している、というのは少し正確じゃないんです」


 そらは、テーブルの上で指を三つ、離れた位置に置いた。


「これは、例えばの話なのですが、北海道で人が悪魔になる。沖縄で見たこともない生き物が目撃される。東京で異界の門が開く。この三つの事件が起きるとします。——この三つは、本当は同じ根から起きています。でも、バラバラの日に、バラバラの場所で起きているうちは、ただの噂話で終わる」


 そらは、その三本の指をすっと一直線に並べた。


「管理局が止めているのは、現象そのものじゃない。点と点が線になって、『これは実在する』と社会に確定してしまう瞬間です。つまりあの隠蔽は、無関係な出来事同士がたまたま繋がらない——その確率の上に成り立っている」


 ハルトは、そこまで聞いて、背筋が冷えた。

 ヒマリも同じだったらしい。彼女の指先が、テーブルの上で固く組まれていた。


「……浅野家の魔法は、確率を操作する魔法」

「はい」


 そらは静かに頷いた。


「隠蔽の前提を直接壊せるのは、この世で浅野家の力だけなんです」

「待ってくれ」


 ハルトは思わず身を乗り出した。


「アサの魔法って、そういうのじゃないだろ。テレビのCMと唐揚げの匂いを重ねて、親子の仲を取り持つような……そんな、小さくて優しい魔法だ」

「ええ。姉の使い方は、正しい浅野家の使い方です。ただし……」


 そらは、そこで初めて、ほんの少しだけ目を伏せた。


「姉から聞いていませんか。あの魔法は、無から有を生み出すわけじゃない。その場にもうある前提条件をもとに、確率を寄せているだけだと」

「……聞いてる」

「なら、話は早いです。前提条件さえあれば、寄せる先は、どちらでもいいということです」


 ハルトは、口の中が乾いていくのを感じた。

 小さな不運を、同じ瞬間に集める。体調不良、非常停止ボタンの誤作動、消火器の故障、駅員の対応の遅れ。一つ一つは事故で片付く。それが全国で、絶妙な間合いで起き続けたら。


「……社会が、勝手に怖がるようになるんですね?」

「そのとおりです。秋津さん、鋭いですね」


 褒められたのに、ちっとも嬉しくなかった。


「いったい、そんなこと、誰が何の目的でやろうとしているんだ?」

「……僕達が倒すべき相手の名前は、ファーベル、といいます」


 そらは、まるで天気の話をするような調子で、その名前を出した。


「魔界のある勢力の頭です。目的は、統制されている魔法を人間界に解き放って、人間を混沌に落とすこと。絶望した人間からは、効率よく負のエネルギーが取れるので」


 ——人間界を絶望で塗り潰して、根こそぎエネルギーを刈り取って、魔界を潤わせようとしてる。


ラストの声が、そのまま重なった。

ハルトは、危うく声を上げそうになるのをこらえた。

言えない。

契約のことも、悪魔トリオのことも、まだヒマリに話していない。

ハルトは、ここで口を滑らせたら、全部が一度に崩れる気がした。


(……なんで、こいつが知ってるんだ)


ラストたちは、あれだけの情報網を持っていて、そこだけが摑めないと言っていた。

その一点を、目の前の青年は、名前まで揃えて差し出してきている。


「……根拠は?」

「……非常に申し訳ないのですが、今は、僕の言葉しかありません」


そらはあっさりと認めた。


「信じてもらえないなら、それでも構いません。ただ、聞くだけ聞いてもらえれば、嬉しいです」


ヒマリが、静かに口を開いた。


「一つ、よろしいですか。私は総務省の人間です。今伺った内容は、上官に報告する義務があります」

「どうぞ」


そらは即答した。


「むしろ、そうしてください。僕は隠すつもりで来たわけじゃないので」


ヒマリが、わずかに言葉に詰まったのが、ハルトにもわかった。


「それで……」


ハルトは、一番聞きたいことを、ようやく口に出した。


「浅野家の先代当主が事件に関わってる、って話は、本当なんですか?」


「本当です」


そらは、グラスの水滴を指でなぞった。


「先代当主は、浅野おとは。僕と姉の、母です」


ヒマリが息を呑む音が、はっきりと聞こえた。


「母は、ファーベルに封印されています。時間にしてもう6年。……殺されてはいません。殺す意味がないからです。生かして、確率を操作する力だけを使わせている」


つい最近、先代当主が関わっている、とヒマリが言ったとき、アサはゆっくりと、だけど大きく目を開けて、「……そう」とだけ言った。

あの一言に、どれだけのものが詰まっていたのか、今になってようやくわかった。


(アサは、知ってたんだ)


自分の母親が、敵として名前を挙げられている。それを聞かされて、あいつは何も言わなかった。

なのに自分は、あの場で「また三人で旅行に行けるね」なんて言って、笑っていた。

テーブルの下で、ハルトは膝の上の拳を強く握った。


「じゃあ、アサは」


声が掠れた。


「アサは、今、どこにいる?」

「断定はできませんが……」


そらは、ハルトの目をまっすぐに見た。


「母がいるのと同じ場所——ファーベルの本拠にいる可能性が、いちばん高いと思います」


窓の外を、バスがまた一台、ロータリーを回っていった。

店内では、隣のテーブルの家族連れが、ドリンクバーのおかわりで揉めている。

その平和な音が、やけに遠く聞こえた。


「……一つ、聞いていいか」


ハルトは顔を上げた。


「君は今まで、どこにいたんだ」


そらの指が、一瞬だけ止まった気がした。

だがそれは本当に一瞬で、次には、彼は困ったように微笑んでいた。


「留学していました。海外に」

「留学?」

「母を助ける方法を探していたんです。日本にいても、浅野家の資料しか読めませんから。——伯母の、みゆきの協力で」


ハルトは、思わず眉を寄せた。


「伯母……? みゆきさんって、アサの母親じゃ」

「よく間違われます」


そらは苦笑した。


「みゆきは、母の姉です。母がいなくなってから、当主の座と、僕らの親代わりを、両方引き受けてくれました」


ハルトは、頭の中で何かがずれる感覚を覚えた。

確かに、先ほど空の口から飛び出したアサ達の母の名前は、「みゆき」ではなく「おとは」であった。

思えば自分は、みゆきの口から「母親だ」と聞いたことは一度もない。

勝手にそう思い込んでいただけだ。


「……確認、してもいいか」

「もちろん」


 そらは、少しも慌てなかった。

 ハルトはスマホを取り出し、連絡先を繰った。


浅野みゆき。

アサが大学に来れなかったとき、何回かアサの容態を確認するために通話を試みたが、彼女が通話に出ることは、ついぞなかった。

思えば、代理とはいえ、彼女は一家の当主だ。

その忙しさはハルトには想像できないほどに違いない。

どうせ今日も出ないだろう——そう思いながら、通話ボタンを押す。


コール音は、一度も鳴らなかった。


『はい。浅野です』


いつもの、耳に心地よい大人の女性の声だった。

隣で、ヒマリの肩がぴくりと跳ねたのがわかった。


「あ、えっと、秋津ハルトです。お久しぶりです。あの、突然すみません」

『久しぶりね、ハルト君。どうしたの』

「……そらくん、って人が、今、目の前にいるんですけど」

『ええ、そらね。私が留学の手配をしたのよ。何か問題があった?』


すらすらと言葉が返ってきた。

問題は、ない。

ないはずだ。


「いえ……ありがとうございます。じゃあ、また」

『はい。気をつけてね』


通話は切れた。


ハルトはスマホを耳から離し、画面の通話終了の表示をしばらく見つめていた。

確認は取れた。取れたのに、指先がやけに冷たい。


(……なんだ、これ)


何が引っかかっているのか、自分でもわからなかった。

ただ、あの人は——初めて会ったとき、こちらをからかってきた人と同一人物だとは、とてもじゃないけど思えなかった。


「どうでした?」


そらが、穏やかに尋ねてくる。


「……うん。合ってた」

「よかった」


そらは、心底ほっとしたように笑って、アイスコーヒーの残りを飲み干した。

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