50話 強者達
夕日に照らされた鎌倉高校前の砂浜に、重く冷たい静寂が降り降りた。
波の音すらも遠く聞こえるほどの、圧倒的なプレッシャー。
青年の形をした「何か」――先ほどまでハルトたちを殺そうと禍々しい影を操っていた怪物は、突如として頭上に現れた三体の悪魔を、ギロリと睨み返した。
ボロボロのコートを羽織った片角の悪魔――エンヴィーは、見下ろしてくる青年の目を冷酷に見つめ返し、忌々しげに「チッ」と舌打ちをした。
たったそれだけだった。
それと同時に、青年は音もなくバタリと倒れる。
彼を覆っていた異形の影も、風に吹かれた塵のようにあっけなく四散してしまった。
「雑魚が主張なんてすんなよ。失せろ」
エンヴィーは倒れた青年を一瞥すらせず、つまらなそうに吐き捨てた。
「エンヴィーさん、いいのですか? 土樽駅の時でさえ、力を見せなかったのでしょう?」
スーツを着崩したマモンがなんでもないことのように、エンヴィーに尋ねる。
エンヴィーはバツが悪そうに少しだけ俯き、鼻を鳴らした。
「あの時は、人間にとり憑いていたからな。力自体は、この姿の方が発揮しやすいんだよ」
「なるほど……。ところで……」
マモンは、ハルトとアオイの方を向いた。
ハルトは無意識に、三人からアオイを庇う。
さっき肩に直撃した攻撃の傷が、今でもヒリヒリして痛い。
「久しぶりですね、ハルト君。コラボの時以来ですか?」
マモンはニコニコと人の良さそうな、しかし底の知れない笑みを浮かべて、橋の上からハルトに声をかけた。
ハルトはその笑顔に背筋を凍らせながら、マモンの両脇に立つ二人の悪魔を鋭く睨みつけた。
「マモン……そいつとはどういう関係だ?」
ハルトは、マモンの横にいる二人の知らない悪魔を知っている。
直接会ったことはないけど、ハルトは確かに二人が持つ魔力のオーラを覚えていた。
「おや? 言ってませんでしたか? エンヴィーさんとは、古くからの友人ですよ」
マモンはニコニコしながら悪びれることなく答える。
「……なんだって?」
エンヴィー……直接この姿を見るのは初めてだが、確かにあの時、桑原にとり憑いて土樽駅でハルトとアサを殺そうとした悪魔だ。
マモンがそいつと友達であるという事実を確認したハルトは、警戒オーラを更に高める。
「誰がお前と友達だ。ぶっ飛ばすぞ」
それを知ってか知らずか、エンヴィーは忌々し気に吐き捨てる。
「はいはい。喧嘩はやめるのよ」
エンヴィーの怒声を制したのは、真ん中に立つゴスロリドレスの幼女だった。
黒いフリルとレースに包まれた、小学生ほどの背丈しかない小さな少女。
だが、その口調は呆れるほど大人びており、何よりその顔立ちには見覚えがありすぎた。
「……お前は」
ハルトの口から、掠れた声が漏れる。
最後の一体……先ほど自らの名をラストと名乗ったゴスロリ幼女の姿をした悪魔も、ハルトは知っている。
彼女がどうしてここにいるのか、ハルトにはわからなかった。
「さて、ハルト君。どうして私がここにいるのかわからないって顔をしてるわね? 死んだ存在がこんな場所にいるはずがないって」
ハルトは沈黙で返事を返した。
だって、あの時ラストは死んだ。
夢の中とはいえ、彼女はハルトに今生の別れを告げた。
もっと言えば、アサやヒマリも、ラストの消滅を確認していて、それは三人の中で共通認識だった。
「詳細はまた話すけど……そうね。簡単に言えば、私は君が知ってるラストであって、ラストではないからよ」
なぞなぞのような言葉を残し、ラストはふふっと楽しげに笑った。
その様子を見たエンヴィーはにやりと笑う。
「安心しろ、鉄オタのガキ。今回俺たちは、お前を殺しにきたわけじゃねぇ」
そして、エンヴィーはハルトの後ろにいる女性……アオイの方に顔を向けた。
「なんだお前、今日は別の女を連れて歩いてんのかよ。ハーレム系主人公にでもなったのか?」
「そんなわけあるか!」
図星……ではないが、痛いところを突かれたハルトは、顔を真っ赤にして大きな声で怒鳴り返した。
「フフッ、エンヴィーさん。ハルト君をあまりからかってはいけませんよ。彼のそういう純情なところは、動画の視聴者にも受けているんですから」
マモンがくすくすと笑いながらエンヴィーをたしなめる。
「もう。エンヴィーもマモンも、話がややこしくなるから一回黙ってなさい」
ラストが、小さな手でパンッと柏手を打った。その一撃で、空気がピリッと引き締まる。
「へいへい。悪かったよ、クソババァ」
次の瞬間、ドゴン! という大きな音が鳴り響いて、エンヴィーが頭を抱え始めた。
「痛って―なぁ!? 何しやがる⁉」
「誰がババァよ。今はこんなに可憐でキュートな少女でしょう?」
エンヴィーの軽口を拳を用いて華麗に流すと、ラストは改めてハルトを真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、かつて夢の中で見た、あの誇り高く気高い大人の女性と同じ色の光が宿っていた。
「……さて。少しだけ、あなたにとって重要な長話をするわ。聞かれたくない内容も含まれているから、結界空間を張ってもいいかしら? ハルト君」




