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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第三章

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45話 海鮮丼と作戦会議

――時刻は少し遡る。犬吠埼国立病院の車を見送った、その直後のことだった。


銚子駅前の商店街に、潮風に混じって出汁の香りが漂っている。

三人が暖簾をくぐったのは、地元の人間で賑わう、こぢんまりとした食堂だった。


「銚子は、日本一の水揚げ量を誇る漁港なんです。この時期なら、鰯が特に美味しいはずですよ」


ヒマリがメニューを開きながら、いつもの落ち着いた口調で言う。


「へえ、鰯って美味しいの? なんかこう、地味なイメージだったわ」

「侮ってはいけません。脂の乗った鰯は、下手なブランド魚よりもよほど贅沢な味です」


三人はそれぞれ、鰯の刺身や天ぷらが並ぶ定食を注文した。

運ばれてきた皿からは、脂の乗った銀色の身が、艶やかな光を放っている。


「いただきます」


三人揃って手を合わせたものの、箸を伸ばす速度は、いつもの旅行の時よりも幾分控えめだった。


「……さて」


ヒマリが箸を置き、テーブルの上で指を組んだ。


「改めて、確認しておきましょう。万が一、道中で襲撃を受けた場合の動きについてです」


アサがぴたりと箸を止める。ハルトも自然と背筋を伸ばした。


「基本方針はシンプルです。前衛は私。トランクと、ハルト君の護衛はアサにお願いします」

「私が、ハルト君を……?」


アサが少し意外そうな顔をした。


「ええ。アサの魔法は、直接的な攻撃よりも、確率を操作して不利な状況を覆すことに向いています。荷物を守りながら立ち回るのに、これほど適した魔法はありません」

「なるほど……。じゃあ、ハルト君はどうすればいいの?」

「ハルト君は、基本的に私かアサの近くから離れないでください。まだ実戦経験もほとんどありませんし、無理に前に出る必要はありません」

「わかってるよ。足を引っ張らないようにする」


ハルトは苦笑いを浮かべながら頷いた。

自分の非力さは、誰よりも自分自身がよくわかっている。


「もし、私が同時に複数の相手を受け持つことになった場合は――」


ヒマリの声が、わずかに低くなった。


「アサの判断で、迷わずその場から離脱してください。トランクの中身を守ることが最優先です。……私のことは、気にしなくて構いません」

「それは、ダメよ」


アサが即座に、きっぱりと言い返した。


「三人で行くって決めたんだから、誰か一人を置いていくなんて選択肢、私は取らない。それは絶対」


ヒマリは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく、困ったように微笑んだ。


「……そう言うと思っていました」

「わかってるなら、最初からそんなこと言わないでよね」


アサは頬を膨らませながら、鰯の天ぷらを乱暴に頬張った。

だが、その目の奥には、笑い事では済まされない真剣な光が宿っている。

ハルトはそんな二人のやり取りを眺めながら、テーブルの下でそっと拳を握った。


(僕は、二人の足を引っ張らないようにするだけじゃダメだ)


漠然とだが、そう思った。

今の自分に何ができるのか、まだ具体的な答えは見えない。

それでも、ただ守られるだけの存在ではいたくなかった。


「それから、帰りのルートは、万一に備えて、別ルートを使用しましょう」


ヒマリが声のトーンを戻して言った。


「別ルート……?」

「はい。以前、ハルト君に教えてもらったのですが、ここ銚子駅からは、総武本線と成田線の二つの路線が出ており、二本とも、千葉駅へ向かう別々のルートになっています。ですよね、ハルト君?」

「あ、うん。ここに来るときに乗った特急しおさいは、総武本線を通る列車だね」

「ということは、敵の目を欺くために、帰りは成田線経由で帰るのかしら?」

「敵の目を欺くという線は正しいです。ただ、これでは足りません。彼らがあまり想定しないルートで帰宅する必要があります」

「じゃあどうするのよ!」

「成田線で成田まで行き、そこから常磐線の我孫子までの路線があるので、そちらで我孫子まで抜けます。我孫子から先は、我々の本部がある霞ヶ関駅まで、千代田線の直通電車が出ていますので、そのルートで輸送します」


ヒマリの鮮やかなルート選定に、ハルトは思わず膝を打った。


「なるほど……確かにこのルートなら、比較的乗客が少ないルートを辿るから、万一の被害も最低限に抑えられるね」

「へぇ。ヒマリにしてはよく考えたじゃない」


アサが感心したように頷く。


「時間です。行きましょう」


ヒマリが伝票を手に、静かに立ち上がる。

夏の日差しが降り注ぐ食堂の外へ、三人は再び足を踏み出した。




――咆哮が、静止した世界に響き渡る。

四体の「元・人間」のうち、三体が一斉にホームの三人へと殺到した。

スーツの男だけが、ホームの端で微動だにせず立ち尽くしている。まるで、獲物に飛びかかる度胸がまだ出ていないかのように。


「来ます!」


ヒマリの声と同時に、彼女の姿がホームの上から掻き消える。

次の瞬間には、既に一体の眼前へと肉薄していた。振り抜かれた白銀の剣が、黒く変色した腕を一閃する。


「グァアアッ!!」


絶叫と共に、切断された腕の断面から、煙のような黒い霧が噴き出した。


「ハルト君、こっちに!」


アサが叫び、ハルトの腕を強く引く。トランクを抱えたまま、二人はホームの端、自販機の陰へと身を寄せた。


「……来るわ」


アサが呟くと同時に、彼女を守るように、淡く光る半透明の膜がふわりと展開される。


「クソが……! なんだ、この膜は……!」


大荷物を抱えていた老婆――否、老婆の姿をしていた「何か」が膜に爪を立てるが、まるで見えない壁に阻まれたかのように、爪はつるりと滑って空を切った。


「私の魔法、舐めないでほしいわね。……あんた達に、私やハルト君を"引き当てさせない"だけの話よ」


アサの額には、じわりと汗が滲んでいる。決して楽な魔法ではないのだろう。

それでも、彼女はハルトの盾になろうと、両腕を大きく広げていた。

一方のヒマリは、既に二体を相手取っていた。

学生服の少年と、制服姿のOL。

二体は左右から同時に爪を振るうが、ヒマリはそのどちらも紙一重で躱し、返す刀で少年の脇腹を斬りつける。


「なぜだ……! なぜ人間如きが、こんな……!」


OLの姿をした「何か」が悔しげに叫んだ。

だが、ヒマリの瞳に浮かんでいるのは、怒りでも恐怖でもない。

ただ淡々とした、討伐者としての冷静さだけだった。


「あなた方は、悪魔化する前は、皆それぞれの人生があったはずです」


ヒマリは静かに、しかし容赦なく剣を振るう。


「……せめて、これ以上何かに利用される前に、終わらせてあげます」


その言葉には、憐憫と、そしてどこか痛みを堪えるような響きが混ざっていた。

ハルトは、その光景を、ただ見ていることしかできなかった。


(何か、僕にできることは……)


拳を握りしめる。

だが、その手からは何も生まれない。

魔力はある、とヒマリには言われた。

だが、それをどう使えばいいのか、実戦の中で咄嗟に引き出せるほどの自信は、まだどこにもなかった。


「ハルト君、伏せて!」


アサの叫びに、反射的に身を屈める。

頭上を、鋭い爪の一撃が掠めていった。

老婆の姿をした「何か」が、アサの膜のわずかな綻びを突いて、内側に滑り込んできたのだ。


「ちっ……! 甘く見すぎたわ……!」


アサが後ずさりながら、必死に新しい膜を張り直そうとする。

だが、魔力の消耗は、彼女の顔色を見れば明らかだった。

視界の隅で、ハルトはふと違和感を覚えた。

スーツの男は、まだ動いていない。

三体の仲間が次々と斬られ、あるいは撃退されているというのに、その場から一歩も動かず、ただじっとこちらを――正確には、ヒマリの持つトランクを――見つめている。


(怖気づいてる、のか……?)


そう思おうとしたが、何かが引っかかった。

恐怖にしては、あまりにも目に生気がなさすぎる。

だが今は、そんなことを気にしている余裕はなかった。

四体のうち二体をヒマリが抑え、残り一体――老婆の姿をした「何か」がアサとハルトへと迫る。

拮抗していたはずの均衡が、じわりと、崩れ始めていた。


(――誰か、じゃない)


ハルトは、震える自分の右手首に視線を落とした。

そこには、いつも身に着けている、なんの変哲もない腕時計がある。


(僕が、なんとかしなきゃ)


老婆の姿をした「何か」が、血に飢えた目でこちらを見据え、大きく口を開けた。

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