40話 アイスコーヒー
翌日、初夏の陽光が差し込む、駅前のこぢんまりとしたカフェにて。
周囲の客たちがランチや会話を楽しむ和やかな空気の中で、ハルト、アサ、ヒマリの三人が囲むテーブルだけが、どこか落ち着かない空気を纏っていた。
「アサ、ハルト君。……大事な話があります」
アイスコーヒーのストローを弄っていたヒマリが、ふと真剣なトーンで口を開いた。
いつもの彼女なら理路整然と要件を切り出すはずだが、今日はどこか様子が違う。
「どうしたの?」
アサが首を傾げる。
ヒマリは、一度口を開きかけては、迷うようにそっと閉じた。
彼女の指先が、テーブルの上で小さく組み合わされている。
「もう。焦れったいわね。早く言いなさいよ」
「……二人に、私の仕事を手伝ってほしいのです」
アサに急かされ、ようやく絞り出すように告げられたその言葉は、小さく、でもどこかはっきりとして聞こえた。
「仕事……エクソシストの……?」
ハルトは状況を飲み込むのに時間がかかっているのかぽかんとした表情だ。
「……理由を聞いてもいいかしら?」
アサが、テーブルの下でギュッと拳を握りながら、静かに、そして鋭く問いかけた。
「今回の事件に、浅野家の先代当主が関係している可能性があります」
そのセリフで、アサはゆっくりと、だけど大きく目を開けた。
「……そう」
「浅野家の先代当主……みゆきさんの前の当主ってこと?」
ハルトが恐る恐る確認すると、ヒマリは重々しく頷いた。
「ええ。私達のような公的機関と、浅野家のような魔法一族は、基本的には不可侵なのですが、事件の関係者となってしまった以上、協力してもらうことになったのです」
アサはスッと目を細めた。
「……そう。都合が悪い時には、互いに協力したり見て見ぬふりをする関係を、あなた達は不可侵と呼ぶのね」
「……いえ。ごめんなさい、浅野さん」
ヒマリは申し訳なさそうに俯く。
それを見て、バツが悪くなったのか、アサはプイと横を向いた。
「ヒマリ、いいわ。謝らなくて。今のは私のいじわる……」
「……でも今回の話は、本当はアサだけに来る話のはずだよね。どうして僕に来たのだろう?」
気まずい空気を払拭するように、ハルトは純粋な疑問を口にして首を傾げた。
「そこまでは、わかりません。ハルト君は魔法使いとしては、まだ半人前です。この作戦に参加させるには危険すぎます。先ほども言った通り、私達は公的機関である以上、普段はこんなことを絶対しない……のに……」
ヒマリのどんどん小さくなっていく言葉尻に、ハルトは大きく首と手を横に振った。
「そ、そうなんだ……。うん、わかったよ。とりあえず、また三人で旅行に行けるね」
「え?」
深刻な話題の直後とは思えない、ハルトの底抜けに明るい笑顔に、ヒマリはぽかんと口を開けた。
「いや~、実は心配してたんだよ。期末テストの期間に入ったら、動画撮影に行けなくなっちゃうなぁって!」
ハルトはまるで、休日のピクニックの予定が決まったかのように無邪気に笑う。
「ハルト君! 期末テストはちゃんと勉強しなきゃダメよ! 旅行に行ってる場合じゃないわ!」
アサが呆れたようにツッコミを入れたが、ヒマリは小さく首を横に振った。
「大丈夫ですよ、二人とも。上官の計らいで、私達3人は、とりあえず今期の単位は、レポート課題を提出すれば大丈夫にしてありますから、期末テストの勉強は、必要ありません」
「あらそう? 前期は、どっかの陰キャ鉄オタのせいで、既に2回くらい病欠で授業を欠席してるから、助かったわ!」
アサが「ラッキー♪」とばかりにジュースを啜る。
その横で、ハルトの脳裏には、ゴールデンウィーク前に初コラボした、某悪魔化YouTuberの顔がぼんやりと浮かんでいた。
彼は今も元気に鉄道を愛してるだろうか?
「まあとにかく、危険な作戦かもしれないけど、旅行にはいっぱい行けるし、その分Youtubeの活動もできる。前向きに考えようよ」
ハルトは、努めて明るい声で二人を元気づけるように言う。
「……そう、ですよね……」
ヒマリは小さく頷いたが、ハルトには彼女の表情が、どこかまだ深い雲に覆われているように見えた。




