表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/38

30話 勘づいた者達

目覚ましの音が聞こえる。

外からは雀が鳴く声がする。

枕元の時計に目をやると、現在時刻は朝の6時半。

都内の朝の通勤電車は、人の多さでよく遅延する。まだ7時前とはいえ、大学の1限目に間に合わせるためには、そろそろ起きて支度を始めなければならない。

ハルトは重い瞼を擦りながら目覚ましを止め、サイドテーブルに置いたメガネをかけた。

そして、のそりとベッドから降りようと顔を上げた瞬間――。

「おはようございます、ハルト様」

「……うおっ!? ああ……おはよう、アオイ」


なぜかハルト専属の使用人として秋津家に下宿しているアオイが、ベッドのすぐ脇に直立不動で立っていた。

正直、この「朝起きたら美少女の使用人が見下ろしてきている」という奇妙な光景も、2週間近く目にすればそれなりに慣れてくる。

ただ、昨夜の玄関での気まずいやり取りがあったためか、一瞬心臓が跳ね上がり、ドギマギしてしまった。


「朝食のご用意ができております。着替えの後に、居間へお越しくださいませ」

「うん……。ありがとう」


ハルトがお礼を言っても、アオイの表情はピクリとも動かない。目はいつも通り深海のように無表情なはずなのに、今日はどこかジトッとした、粘りつくようなものを感じた。

まるで、ハルトの心の奥底をじっくりと探っているみたいだ。

起床して数分しか経っていないというのに、ひどく居心地が悪い。


「ところで、ハルト様。起床後すぐで申し訳ないのですが、1つ質問してもよろしいですか?」


アオイが朝から個人的な質問をしてくるなんて珍しい。ハルトはそう思いながらも、この時は特に何も気にせずパジャマのボタンを外しかけていた。


「いいよ。何?」

「率直に申し上げます。ハルト様――YouTubeを運営しておられますよね?」

「……えっ?」 


YouTube。


アオイの口から飛び出したその単語に、ハルトは急に頭から氷水を浴びせられたように、グワッと完璧に目が覚めた。


「いや? やってないよ。どうしてそんなこと聞くの?」

「そうですか。わかりました」


あっさりと引き下がったものの、アオイの瞳には明確な疑念が渦巻いているように見えた。

なぜ、アオイがYouTubeのことを聞いてきたのか。

そもそもなぜアオイがハルトのYouTubeを知ってるのか?


ただの勘なのか……いや、あの言い方は絶対に何か確証を掴んでいる言い方だ。

ここで下手な肯定や言い訳をするのは、逆に危ないかもしれない。

ハルトは背中に冷や汗をかきながら、そんなことを頭の中でぐるぐると考え続け……アオイが朝早く起きて作ってくれた美味しいはずの朝食を、全く味を感じないままもぐもぐと胃に流し込んだ。




その日の夕方。

大学の講義を終えたハルトは、ヒマリ先輩との「魔法特訓」に臨んでいた。


「……特訓を始めてから2週間以上、なかなかサマになっているじゃないですか」


ヒマリは、地下施設の訓練部屋の中央に立つハルトを見ながら、静かな声で言った。

天井の蛍光灯が、無機質なコンクリートの壁を白々と照らしている。

床には、複雑な幾何学模様が描かれた魔法陣がチョークで刻まれていた。

これは初心者のハルトが魔法を発動しやすくなるように、ヒマリが訓練用に整備してくれた補助輪のようなものだ。


ハルトの目の前には、手のひらサイズの小石が一個、空中にふらふらと浮いていた。


「……揺れてる。すっげぇ揺れてるけど、浮いてる!」


ハルトは額に玉のような汗を滲ませ、空中の小石を鋭く睨みつけた。

指先に神経を集中させ、「気の流れを意識する」というヒマリの教えを必死に実践している。


「合格点です。先週まで一ミリも浮かせられなかったことを考えれば、上出来ですよ」

「それほど……ぐ……ッ」


ぼとり。

集中力が切れた瞬間、石が虚しく床に落ちた。

ハルトは糸が切れたように、その場にへたり込んだ。


「……疲れたぁ」

「お疲れ様です。魔法の初歩は、筋力や体力ではなく、魔法のイメージを『いかに正確に脳内に描き出すか』の問題です。ハルト君は多分、あの小石を『自分の力で浮かせるもの』と考えているんだと思います。そうではなく、あの小石は『最初から浮いているもの』と考えてみてください。そうすれば、今よりもずっと力を抜いて、自然に魔法を発動できるはずです」


ヒマリは優しく微笑み、息を切らしてへたり込むハルトに、冷たいスポーツドリンクの入ったペットボトルを手渡した。


「なるほど……。でも先輩、それ、もっと早く言ってほしかったですよ」

「あえて言わなかったんです。最初は『自分の力で浮かせるもの』として捉えたほうが、現実の物理法則とリンクさせやすくて、魔法の発動自体は簡単になりますから。一度『浮いている小石』のビジョンを目に焼き付ければ、あとは『最初から浮いているもの』と考えることで、非現実だった現象を脳内で一般化するんです」

「なるほど……。よく分からないけど、わかったような気がします」

「ふふ、それなら良かったです」


ハルトは冷たい床に座ったまま、ペットボトルのスポーツドリンクを口に含んだ。

甘さと塩分が、疲労した脳に染み渡っていく。


「ヒマリ先輩。一つ、聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「先輩は……エクソシストとして、これまでで一番大変だったことってなんですか?」


ヒマリは少し間を置いた後、壁際の椅子に腰を下ろした。

「……大変なこと、ですか。そうですね……」


ヒマリは一瞬だけ目を瞬かせ、少し間を置いた後、壁際のパイプ椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「……大変なこと、ですか。そうですね……」

彼女の視線が、ハルトから外れ、床の魔法陣の一点に落ちる。

 

「一番大変なのは、『日常を演じること』かもしれません」

「日常を?」

「私たちエクソシストは、素性を隠して社会に溶け込んでいます。友人に対しても、後ろめたいことばかりです。ハルト君のように、誰かに本当のことを話すことは、本来であれば禁じられているんです」

「でも、先輩は僕に話してくれた。あの時、チラシの魔法を解除できなかった僕に対して」

「そうですね。あなたへのエクソシストの説明は、既にアサがやってくれていましたし……。それに、私自身が、ハルト君になら話しても大丈夫だと思ったんです」


ヒマリは静かに微笑んだが、その笑みはどこか透き通りすぎていた。

 

「……あの、ヒマリ先輩」

「なんですか?」

「その……大丈夫ですか」


核心を突く言葉を持たないハルトの不器用な問いかけに、ヒマリの手が、一瞬だけピタリと止まった。

 

「……何のことでしょう?」 

「……いえ、なんでもないです」

 

ハルトはそれ以上踏み込むことはせず、膝を叩いて立ち上がった。


「よし! 『最初から浮いているもの』のイメージですね! 練習頑張るぞ!」


ハルトは足元の小石を拾い上げ、明るく振る舞って訓練を再開しようとする。

ヒマリはしばらく、ハルトの無防備な背中をじっと見つめていたが、やがていつもの冷静な声で小さく呟いた。


「……やはり、あなたは変な人ですね、ハルト君。鉄道以外のことにも、変なところで勘が鋭いんですから」


ハルトは手元の石を見つめ、もう一度深く息を吐いて集中した。

ふわり。

今度は先ほどよりも揺れが少なく、安定して石が宙に浮いた。


「……少し、上達しましたね」


背後から聞こえたヒマリの声は、地下室の冷たい空気の中で、いつもより少しだけ柔らかく響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ