28話 餃子の街
宇都宮駅から、開業してまだ数年の真新しいライトレールに乗り換えて数駅。
黄色い流線型の車両から降りて徒歩5分ほどの場所に、目的の餃子屋さんはひっそりと店を構えていた。
「少し中心街から遠いな……」
周囲の落ち着いた街並みを見渡しながら、ハルトは率直な感想を抱いた。観光客がふらりと立ち寄るには、立地という面で少しハードルがあるかもしれない。
暖簾をくぐると、香ばしいニンニクとごま油の匂いがふわりと漂ってきた。
「いらっしゃいませ。遠いところわざわざお越しいただきありがとうございます」
奥から出てきたのは、餃子屋の店主である大橋さんだ。
年齢は40代前半とまだ若く、人の良さそうな笑顔を浮かべているものの、その表情にはどこか疲労の色が滲んでいた。
「担当の浅野です。本日は、当サービス『浅野エージェント』をご利用いただきありがとうございます」
アサは普段のお転婆な態度をすっかり封印し、堂々としたビジネスライクな口調で名刺を差し出した。
「こちらの二人は、当社の関係者となっています」
「あ、秋津です」
「藤宮です」
ハルトとヒマリも、アサに倣って軽く頭を下げる。
「それでは早速ですが、今回のお話にうつらせていただきます」
アサが手元の資料を広げながら、真剣な眼差しで大橋さんを見据える。
「事前面談によりますと、当店は客入りが悪く、赤字が続いているので、その売上を上げる方法を一緒に考えてほしい……とのことでしたよね」
「はい。わたくしの方でもSNSをやったり、メニューを工夫したりと色々と策を考えてはいたのですが、一人ではどうしても限界で……。プロの視点から、何かいい案がほしいんです」
切実な声で訴える大橋さんに、アサは力強く頷いた。
「わかりました。では早速、お店の方を確認させてください」
半日後……。
すっかり日の落ちた宇都宮駅へと続く道を歩きながら、アサがホッと胸を撫で下ろした。
「なんとか解決してよかったわ! 二人とも本当にありがとう!」
「まさか『餃子屋YouTuberを始めよう』なんて、ヒマリ先輩がそんなぶっ飛んだことを言い出すなんて思わなかったけどね……」
ハルトが苦笑いしながら振り返る。しかし、当のヒマリはどこ吹く風といった様子で、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「いいじゃないですか、餃子屋YouTuber。ジュージューと焼ける音と映像、見ているだけでお腹が空いてきそうですし、何より店主さんの人柄が伝わりやすい手法だと思いましたから」
「今だから言うけど、それは解決策っていうか、ただの『飯テロ』じゃないかしら?」
アサのツッコミに、三人の間に軽い笑い声が響いた。
もうすっかり陽が沈んでしまっている帰りは、宇都宮駅発の快速列車は全て終了しているため、普通列車に揺られることになった。
ガタン、ゴトンと規則正しいジョイント音が響く車内。
三人が座るボックスシートの周りには、幸い他の乗客の姿はない。
ハルトは今回、自撮り棒もカメラもカバンにしまったままだ。
帰りの道中は、YouTubeの撮影はしないと決めていた。
周囲に聞かれてはいけない「大事な話」があるためだ。
「ハルト君、例の腕時計の解析が……終わりました」
「本当ですか? ありがとうございます、ヒマリ先輩」
ハルトの表情がスッと引き締まる。
それは先日、実家に下宿することになったアオイから渡された、親戚のおじさん「宗介」からの預かり物。
魔道具だと思われる不思議な腕時計のことだ。
宇都宮に行く数日前にヒマリ先輩に解析をお願いしていたのだ。
「その腕時計、確かハルト君の親戚のおじさんからの形見だっけ?」
アサが身を乗り出して尋ねる。
「うん。おじさんが僕に何を伝えたいのか、そして……僕が何者なのかを知るヒントになるかもしれないんだ」
ハルトは緊張で少しだけ喉を鳴らした。
「そうですね……」
ヒマリは慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「この腕時計、あまり見ない魔法がかけられています。早速話をしていいですか?」
「うん。お願いします」
「まず、この腕時計は本来、『ルートコンパス』の役目を担っていた魔道具でした」
「ルートコンパス……? どこかで聞いたような……?」
聞き馴染みのない単語にハルトが首を傾げると、アサが「あっ」と声を上げた。
「それって、私がハルト君と出会う前に使っていたカーナビ機能を持つコンパスのこと?」
「ああ! そうだ思い出した! 成田空港の依頼の時に確かアサ言ってたよね。落として壊しちゃったって」
「ちょっとハルト君。余計なことはいわないでちょうだい」
ハルトにジト目を向けるアサに対して、ヒマリはクスリと笑う。
「全く……アサさんらしいエピソードですね」
「どこがよ!」
アサは顔を赤くしてムキになってしまった。
「えっと、そういえば、ルートコンパスの役割を担っていたって言ってたけど、今は違うの?」
ハルトが話を本筋に引き戻すと、ヒマリは再び真剣な表情に戻った。
「いえ、正確には今もその役割は担っています。ですが、このルートコンパス……いえ、この腕時計は、『時計』としての役割も担うようになりました」
「時計……どういうことだ?」
ルートコンパスと時計。その二つがどう結びつくのか、ハルトには見当もつかない。
「……ハルト君は、鉄道が好きで、よく旅行していますよね?」
「うん」
「その時に、時刻表を読みますよね」
「まあ、そりゃあもちろん」
「……おそらくですが、この時計は、ハルト君が魔法を使うために最適化改良された魔道具かもしれません」
「え? どういうこと?」
ヒマリの言葉に、ハルトは目を丸くした。
「どこかのファンタジー漫画でも言われていることですが、魔法というのは『イメージの世界』です。自分が明確にイメージできたものに魔力を込めることで、初めて魔法が発動する。これが魔法の基本原理です」
ヒマリはハルトの目を真っ直ぐに見つめた。
「ハルト君は、時刻表……つまり『時間』という概念に、人一倍強く馴染みがある。だからこそ、ハルト君には『時間操作系』の魔法の才がある可能性があるんです」
「じ、時間……操作系?」
あまりにスケールの大きな単語に、ハルトは完全にキャパシティを超え、比喩ではなく頭からプシューッと煙が出そうなほど混乱していた。
「ええ。ですがもちろん、あなたはまだ魔法初心者です。なのですぐにその高度な魔法が使えるようにはなりませんし、仮に使えるようになったとしても、時間を長時間止めるような魔法は消費魔力が激しいため、そう何度も使用できるものではありません。そもそも、ハルト君が時間操作系の魔法を使用するとして、それが『時間を止める魔法』なのか、それとも別の形なのかはまだわからない」
早口でまくしたてられ、ハルトの目はすっかり泳いでいる。
「ですが、一つだけ確かなことが言えます」
「な、なに……?」
「この腕時計は、どのような形であれ、『必ずハルト君の役に立つ』ように作られているということです」
ヒマリの力強い断言に、ハルトはハッとして自分の手首に視線を落とした。
冷たい金属の感触。
しかし、そこには確かに、自分を守り、導こうとしてくれた誰かの温かな想いが宿っているような気がした。




