27話 快速ラビット
朝7時半の上野駅。
通勤客が足早に行き交う中、かつて「北の玄関口」と呼ばれた頭端式の地平ホームに、旅行系youtuber『銀次』としてのハルトの元気な声が響き渡った。ハルトの手には、自撮り棒に取り付けられた小型カメラが握られている。
「おはようございます、銀次です。今回は、北へ向かう列車のターミナル、上野駅に来ています! 今でこそ新幹線が開業して、遠くへ行くのが便利になりましたが、新幹線ができる前はここから、東北、上越、北陸など、各方面へ向かう様々な長距離列車が、この地平ホームを発着していたのです」
カメラのレンズに向かってスラスラと口上を述べるハルトの横から、アサがひょっこりと顔を出した。
「こんにちは、アサよ! 上野ってパンダのイメージしかなかったけど、そんな歴史があったのね」
「ええ。上野駅が長距離列車のターミナルだったってことはとても有名で、例えば『津軽海峡冬景色』という演歌では、上野始発の夜行列車とフェリーを乗り継いで、北海道へ行く様子が歌われているくらいなんです」
目を丸くするアサに対し、ヒマリは少し得意げに胸を張った。
「すごっ!? なんで知ってるのよ」
「これくらい、大学生として当然の知識です」
「というわけで今回から、新しいメンバーとしてヒマ君が登場します。自己紹介お願いしてもいいですか?」
本来は藤宮ヒマリという名前なのだが、一般の大学生である彼女の個人情報漏洩を防ぐため、ヒマリ先輩には動画上で「ヒマ」という愛称を名乗ってもらうことにしたのだ。
「皆さんこんにちは、ヒマです。YouTube初心者なんですけれど、よろしくお願いします」
ヒマリがカメラに向かって完璧な角度で一礼すると、画面が一気に華やかになった気がした。
「はいというわけで。今日はこんな早朝に上野駅に来てもらったわけなんですが、いったい何をすると思いますか?」
「はっ! そうよ。なんで朝7時半に上野駅に集合させるのよ! ちゃんと理由を説明しなさい」
朝が弱いのか、少し不機嫌そうに腕を組むアサ。その隣で、ヒマリが冷静に分析する。
「この時間じゃないと、乗れない列車でもあるんですか?」
「その通り。今日はこれから、宇都宮線を走る快速電車に乗車していこうと思います」
「……快速? そんなに珍しい電車ではないわよね? どうしてわざわざ早起きしてまで乗るのかしら?」
アサが首を傾げる。ハルトは待ってましたとばかりに、ニヤリと笑った。
「アサ君、いい質問です。実は、この上野駅から出る宇都宮線の快速電車というのは、本数がかなり少ない『レアキャラ』なんですよ!」
「本数が少ないのですか? 以前、宇都宮線に昼間に乗車した際、通過駅のある電車だったような記憶があるのですが……」
「ヒマ君、マジでいい疑問ありがとう! それについては、実際に乗車してから車内で詳しく解説します。というわけで、早速今回乗る宇都宮線の快速電車が待つホームに移動していきましょう!」
ハルトがカメラを切り、撮影を一旦ストップさせた。
時を戻して1週間前。
「次回の依頼者の情報よ」
アサからpdfファイルが一つ送られてきた。
「宇都宮の餃子屋さん……からの依頼ですか?」
「確かに宇都宮餃子は駅弁で有名だけど……」
「ええ。どうやら依頼主さんは、宇都宮に来る観光客向けに、5年前に脱サラして餃子のお店を出してるみたいなの」
「5年前だと2021年か……。ちょうど宇都宮ライトレールがもうすぐ開業する時期だし、相乗効果を狙ったのかな」
「確か、宇都宮の路面電車は、ニュースでいっぱい取り上げられていましたね」
「ええ。依頼主さんも、もうすぐ路面電車が開業するから、宇都宮に来る人が増えるに違いないと思っていたらしいわ」
「だけど蓋を開けてみたら……」
「ええ、思ってたよりもお客さんが来なくて、ずっと赤字が続いているらしいの」
アサの言葉に、ハルトは顎に手を当てて思考を巡らせた。魔法少女への依頼とはいえ、現実的な集客の悩みだ。YouTuberとしての自分たちの強みも活かせるかもしれない。
「わかった。宇都宮に行くという前提で、次の撮影と移動の計画を立てるよ」
再び現在。
上野東京ラインなどが発着する高架ホームにやってきた三人は、改めて頭上の電光掲示板を見上げた。
そこにはオレンジ色の文字で『快速ラビット 宇都宮』と表示されている。
「快速ラビット? うさぎさんってこと?」
「フフ、可愛らしい名前ですね」
「英語にすると滅茶苦茶紛らわしいけどね」
ハルトがそういったとたん、ちょうど接近放送が流れてきた。
『The Rapid train Rabbit bound for Utsunomiya.』
「本当ね……。快速って意味のラピッドと、うさぎのラビットが同時に流れてくるから、すごくややこしいわ」
「こればっかりは、日本特有の愛称の付け方のせいなので、仕方ないのかもしれませんね」
「そういえば、今回はグリーン車には乗らないのかしら? 私、あの二階建ての席に乗ってみたいわ!」
「あ、グリーン車は別料金で高いから乗りません。普通のボックス席です」
「ええー! ハルト君のけちんぼ!」
「まあまあアサさん、学生の身分ですし、仕方がありませんよ」
ブーブーと文句を言うアサをヒマリが優しくなだめながら、三人は電車へと乗り込んだ。
やがて発車ベルが鳴り終わり、電車はモーターを唸らせながら、ゆっくりとしたスピードで上野駅を出発した。
複雑に交差するポイントを抜け、車窓の視界が開けると、快速ラビットは徐々にスピードを上げ、最初の通過駅である尾久駅をあっという間に駆け抜けていく。
「それでさっきの続きなんですが、実はこの『快速ラビット』は、なんと現在、一日4本、しかも宇都宮方面に行く下り列車しか存在しません」
「え? じゃあ、上野に戻ってくる上りの快速電車はないの⁉」
「実は、数年前までは存在してたんだけど、コロナウイルスによる利用客の減少やダイヤ改正の煽りを受けて、上り列車はなくなってしまったんだ」
「そうなんですね……。じゃあ、昔はもっといっぱい走っていたのですか?」
「そう! コロナ前は朝と夕方に1時間に1本くらいの割合で走ってたんだけど、今は大部分が各駅停車に格下げされちゃったんだよね」
「なるほど。そういえばさっき、ヒマリ先輩が『昼間に快速に乗った』みたいな話をしてたわよね。あれは何だったの?」
「あれはね……」
ハルトが嬉々として鉄オタ知識を披露しようとした矢先、進行方向左側の車窓から、別の線路がスーッと合流してきた。
そしてちょうど、そちらの線路にも、同じ方向へ向かって走る電車が並走していたのだが……。
「あれ? あの電車の色、私達が乗ってる電車と全く同じじゃないかしら?」
アサが窓の外を指さした。
「いいところに気が付いたね。あれは『湘南新宿ライン』っていって、新宿駅や渋谷駅を経由して、宇都宮線や高崎線と、南の東海道線や横須賀線を結ぶ電車が走ってるルートなんだ。多分だけど、ヒマ君が昼間に乗ったっていう快速は、僕たちが今乗っている上野駅始発の電車じゃなくて、湘南新宿ラインを経由して横浜や鎌倉の方に行く電車なんだよね。あっちは日中でも一時間に一本走ってるよ」
「なるほど。宇都宮線の快速は、新宿に行く電車の方がメインストリームになっているのですね」
「その通り!」
電車は赤羽を出発し、荒川を越えて埼玉県へと突入する。
大宮駅を出発すると、車窓の景色はガラリと変わり、都会的なビル群から郊外の住宅地へ、そして緑豊かな田園風景へと広がっていった。
そんな初夏の風を切り裂きながら、宇都宮線の快速ラビットは時速100kmを超えるスピードで、一路北を目指して力強く進んでいく。
三人を乗せた列車が、目的の終点・宇都宮駅のホームに滑り込んだのは、午前9時20分のことだった。




