24話 仕える者たち
「ハルト、おはよう」
「あれ? お母さんどうしたの? 今日やけに早いね」
休日の朝。リビングに下りていくと、母親がキッチンで慌ただしく立ち働いていた。テーブルの上には、普段の朝食には並ばないような立派な茶菓子や来客用のティーカップが準備されている。
「どうしたのって……。今日、父さんの親戚の子たちがうちに来るって話したじゃん。その準備をしてるのよ」
「親戚……?」
ああ、そういえば数日前にそんな話を聞いたような気もする。最近は動画の編集や、ヒマリ先輩との秘密の『特訓』などでバタバタしていたため、すっかり記憶から抜け落ちていた。
「でも、僕に父方の従姉妹なんていたかな? もしかして、はとこ?」
「両方違うわよ」
「両方……違う……?」
「私もお父さんから詳しいことは聞いてないんだけどね。なんでも、昔、秋津家に仕えていた家の末裔なんだって。今どき『仕えていた』なんて、ずいぶん大げさで変な話よね……」
母親は苦笑いしながらお湯を沸かし始めたが、ハルトの耳にはその言葉が全く違った意味を持って響いていた。
(秋津家に仕えていた家の末裔……?)
それってつまり、秋津家がまだ『魔法使いの家系』として裏の世界で力を持っていた頃の話だろうか。
ヒマリ先輩から告げられた信じがたい事実が、現実の足音を立てて自分のテリトリーに迫ってきている。ハルトは嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
それから、二時間後。
ハルトは自宅の最寄り駅の改札前で、所在なげに棒立ちになっていた。親戚の子たちを家まで案内する迎えの役目を押し付けられたためだ。
「君が、秋津ハルト君かい?」
「え……? あ、はい」
ふいに、人当たりの良さそうな優しい雰囲気の中年男性に声をかけられた。
彼の両脇には、二人の少女が立っている。
一人は、釣り上がった目つきでこちらを値踏みするように睨みつけている、いかにも気が強そうな少女。
もう一人は、ガラス細工のように整った顔立ちに、『無』という表現がこれ以上なく似合う、感情の読めない表情をした少女。
ハルトの平穏を愛するアラートが「関わるな」と激しく警鐘を鳴らしたが、見なかったことにして逃げ帰るわけにもいかない。
「俺は栗島アキラ。よろしく頼むよ」
「秋津ハルトです。わざわざ遠いところからありがとうございます。よろしくお願いします」
「ハハハ。そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。ほら、二人とも挨拶なさい」
アキラに促され、目つきのキツい少女が一歩前に出た。
「栗島チハルです。……なんだか、ハルトさんってひどく『弱そう』な人ですね」
初対面とは思えないストレートな毒舌。チハルの視線は、ハルトの全身を値踏みして失望したと雄弁に語っていた。
「……栗島アオイです」
続いて無表情の少女が、抑揚のない声で短く名乗った。それ以上は特に何も言わない。
「ハハハ。可愛い娘達だろう? 二人とも年齢が近いし、ハルト君の将来の相手にぴったりなんじゃないかな?」
(んなわけねーだろ)
ハルトは喉まで出かかったツッコミを、鋼の意志で腹の奥に呑み込んだ。
初対面で「弱そう」と毒を吐いてくるツンデレと、感情の読めないクーデレ。
ラブコメの主人公ならいざ知らず、しがない一般人YouTuberには荷が重すぎる。
「ハハハ。そうですね……」
「チハルは高校生。アオイはハルト君と同じ大学一年生だ。年が近い者同士、仲良くやってくれ」
「ちょっとお父様。こんな陰気くさい一般人と仲良くなれなんて、バカげているにもほどがあります。時間の無駄ですわ」
カッチーン。
「こら、何失礼なこと言ってるんだチハル」
「ハハハ、気にしないでください」
(既にめちゃくちゃ印象悪いんで)
絶対にこれ以上関わらないでおこうと心の中で固く決意し、ハルトは栗島家の面々をとりあえず実家まで案内した。
道中、実家の外観を見たチハルが「呆れたわ。本家の人間が住んでる家のくせに、こんな質素で狭い家に住んでるのね」とかなんとか小声で呟いていたが、ハルトは都合よく耳が遠くなったフリをして聞き流した。
リビングに案内し、栗島家の面々を父と母が相手し始めたのを確認したハルトは、これ幸いとばかりに早々に自分の部屋へと退散した。
「ふぅ……動画の編集でもするか」
自室のドアを閉めて一息ついたハルトは、デスクの椅子に座り、パソコンを起動して動画編集ソフトを立ち上げた。
暗い画面にタイムラインが表示される。プレビュー画面を覗いてみると、そこにはアサとの旅の記録が、この一ヶ月の間だけでも大量に残されていた。
「……アサ」
画面の中で、美味しそうにおにぎりを頬張り、無邪気に笑う相棒の姿。
彼女は今、どうしているだろうか。まだ先日の戦闘の反動で寝込んでいるのだろうか。
アサにLINEを送っても、既読すらつかない。母親のみゆきさんに連絡しようにも繋がらない。そもそも、アサが今どこで何をして過ごしているのか、ただの相棒であるハルトには知る由もなかったのだ。
静まり返った部屋に、胸の奥がキュッと締め付けられるような孤独感が漂う。
コンコン、と控えめなノックの音が聞こえたのはその時だった。
『失礼します。ハルトさんは在室ですか?』
透き通るような、感情の起伏がない声。誰だったか……そうだ、アオイさんだ。
「どうしたんですか?」
ハルトはパソコンの画面を隠すように最小化し、ドア越しに呼びかけに応じた。
『ハルトさんにお茶をお持ちしました。部屋に入れてはもらえないでしょうか?』
ハルトはそう言われて、ぐるりと自分の部屋を見渡した。
幸い、ちょうど昨日部屋を綺麗に片付けたばかりだ。明日も大学の空きコマの時間にヒマリ先輩の魔法の訓練を受けることになっており、彼女から『部屋の乱れは思考の乱れ、魔力の乱れに直結します』と小言を言われたためである。
見られて困るようなものは出ていない。とりあえず部屋にあげても問題はなさそうだと判断し、ハルトはドアを開けた。
「失礼します」
「どうぞ。雑多な部屋でごめんね」
アオイは盆に乗せたお茶をデスクに置くと、無機質な目で部屋の棚をすーっと見回した。
「いえ。非常に興味深い資料が多いと感じています。ハルトさんは鉄道が好きと仰っていましたが、意外と鉄道以外の資料も多いのですね」
「まあね、大半は旅行に関連する本や機材だけど」
「ところで、今は何をされていたのですか?」
「うん? ああ、大学のレポートを書いていたところだよ。ゴールデンウィーク明けが提出期限の課題なんだけど、いろいろあって終わってなくてね」
本当はそんなもの出された当日に終わらせているので何の問題もないのだが、ハルトは「動画編集をしていた」と説明するのが面倒で、とっさに嘘を吐いた。
「ところで、お茶はもう置いたよね。まだ何か用でもあるのかな?」
要件が済んだなら早くリビングに戻ってほしい。ハルトが遠回しに退出を促すと、アオイは無表情のまま、ハルトの目を見つめて予想外の返事をした。
「はい。宗介さんからの遺言を預かっています」
「……え?」
今、このアオイという子は、なんと言った?
『宗介』――それは紛れもなく、数年前に他界したはずの、ハルトの叔父の名前だった。




