23話 僕のYouTubeチャンネルに出演してください
地下施設の冷え切った空気が、ハルトの肌を刺すようだった。
先日の土樽駅での死闘、そして無力だった自分自身の記憶が脳裏をよぎる。
ヒマリが提示した「弟子入り」という言葉は、アサの隣に立つための力を渇望していたハルトにとって、あまりにも甘い誘惑だった 。
「……お断りします」
絞り出すような声だったが、そこには確かな意志が宿っていた。
ハルトの脳裏には、いつも自分の名前を明るく元気な声で呼び、強引に前へと手を引いていく相棒の無邪気な笑顔が浮かんでいたのだ。
迷いを断ち切るように告げたハルトの言葉に、ヒマリは完璧に整えられた優等生の仮面を崩さず、メガネの奥にある瞳を細めてふっと微笑んだ。
「……そう言うと思ってました。理由を聞いてもいいですか?」
「アサを裏切ることになってしまうからです」
ハルトは一度言葉を区切り、地下施設の重苦しい空気を深く吸い込んだ。
「アサは、相棒として僕を信じてくれてるし、僕も彼女を信じてる。魔法という最大の秘密を共有してくれた彼女を差し置いて、僕が今、ヒマリ先輩に弟子入りなんてしようものなら……一人の人間として、魔法使いの彼女を裏切ってしまうと思うんです」
ハルトの真っ直ぐな言葉に、ヒマリは一瞬だけ、いつもの冷徹な「エクソシスト」としての貌ではなく、年相応の女子大生のような寂しげな色を瞳に浮かべた 。
「はぁ。そこまで信頼されてるんですね。浅野さんのこと」
「悪いですか?」
「いえ、むしろとても羨ましい関係性だと思います」
「ありがとうございます、ヒマリ先輩」
「ですが、これだけは私にやらせてほしいことがあります」
感傷的な空気は一瞬で霧散した。ヒマリの声のトーンが、再び事務的な、そしていかなる拒絶も許さない鋭いものへと切り替わる。。
「な……なんですか?」
「私はあなたに魔法を教える義務があります。どんな形であれ、あなたは魔法の世界……この世ならざる世界に関わってしまった。こうなってしまった以上、あなたにも自分の身は自分で守る責任があるんです」
その言葉は重くハルトの心に突き刺さった。
あの日、ナルト・エンヴィーが展開した「ナイトメア・レイルウェイ」の中で、自分はただ檻の中から叫ぶことしかできなかったのだ 。
もしアサが負けていれば、自分も彼女も、そして桑原も、今頃はこの世にいなかっただろう 。
ハルトはそう思うと、軽く身震いした。
「そして、そんな危ない状況にも関わらず、あなたは自分自身を守る自衛の手段が存在しない。そして、教会の人間である私がそれを確認してしまった以上、私はあなたに自衛手段を教える義務があるんです」
ハルトの安全を確保することは、秩序を守るエクソシストとしてのヒマリの信念でもあった 。
「それは……」
「私はあなたに魔法を教えます。あなたも自分の命が大切なら、私に魔法を習ってください。なんなら追加条件として、あなたに強制的に魔法を教える代わりに、私はあなたのお願いを一つ、なんでも聞きましょう」
「なんでも!?」
その瞬間。ハルトの中で『一般人・秋津ハルト』の思考が引っ込み、『YouTuber・銀次』の脳髄がフル回転を始めた。
アサを動画に出演させて以来、登録者数が爆発的に伸びたあの快感とデータ分析の経験が、彼に一つの極めて合理的な結論を導き出させた。
「じゃあ、僕のYouTubeチャンネルに出演してください」
「わかり……え?」
ヒマリがポカンと口を開ける。常に冷静沈着で完璧な優等生である彼女が、これほどまでに間の抜けた素の表情を見せるのは稀なことだった。
「アサと旅行チャンネルを組んでわかったんです。可愛い女の子が動画に登場したほうが、視聴者の心を掴めるって!」
「あ、あの……ハルト君、YouTubeチャンネルやってたんですか?」
困惑しきった様子で問い返すヒマリ。
しかし、ハルトはもう止まらない。
自身のスマートフォンを取り出し、登録者数が三千人を突破したチャンネルのホーム画面を誇らしげに突きつけた。
「はい。アサが動画に登場するようになったおかげで、一気に伸びたんですよ」
「で、でもその役割は、浅野さんがいれば成立するのでは……?」
「何言ってるんですか、ヒマリ先輩。女性が出演する鉄道系のチャンネルはあまり数が多くないんです! だけど、世間は可愛い子を求めている! つまり、需要に対して供給が追い付いてないんです! つまり、今ヒマリ先輩とアサが同時に僕のチャンネルに出演してくれれば、可愛い女の子目当てでチャンネルが伸びるに違いない!」
「……は、はぁ」
ハルトのあまりの熱量に、ヒマリは思わず後ずさった。事なかれ主義で陰キャだったはずの彼が、鉄道とYouTubeの話になると、アサに負けないほどの「圧」を発揮し始めるのだ 。
「ちょっと。ドン引かないで。距離をとろうとしないで」
あからさまに引いているヒマリを見て、ハルト――いや、銀次は大きく息を吐き、少しだけトーンを落とした。
「まああと、人数が増えれば、できることが増える。僕ももっといろんなところ旅行しながら企画動画を作っていきたい。だから……」
ハルトは、ヒマリに向けて真っ直ぐに手を差し出した。
弟子として師匠を仰ぐためではない。新たな『協力者』としての手を求めるように。
「僕に、魔法を教えてください。動画に出演とかは関係なく、自分の足で、彼女の隣に立ち続けるために」
真摯な響きを帯びたその言葉に、ヒマリはハルトの中に眠る強い意志を感じ取った。
少しの間ハルトの目を見つめていたヒマリは、やがてふっと肩の力を抜き、どこか楽しげに、再び『普通の女子大生』のような柔らかい笑みを浮かべた。
「わかりました。では、私はあなたに魔法をお教えしましょう」
銀次がパッと顔を上げる。
ヒマリはどこか楽しげに、再び「普通の女子大生」のような笑みを浮かべた。
「あと、私も動画に出るの構いませんよ。ハルトさんと浅野さんのコンビは見てて楽しそうですし」
「え?」
「なんですか? えっ? って。3秒前のセリフも忘れてしまったんですか?」
「いやまさかOKもらえるとは思ってなくて……」
静寂に包まれていた地下施設に、二人の少し間の抜けたやり取りが響く。
こうして、奇妙な協力関係を結んだハルトとヒマリの、秘密の魔法特訓が幕を開けたのであった。




