19話 エゴイスト
今のナルトの顔には、かつてコラボ動画で見せた、自信なさげな青年の面影は微塵もなかった。
あるのは、成功者への妬みと、それを踏みにじる愉悦だけ。
「なんで……」
アサは膝をつきながら、問いかけた。
「なんで、そんなに私たちを憎むの? 鉄道が好きなんでしょ? 同じ『好き』を持ってるなら、仲良くすればいいじゃない……!」
「仲良く? ハッ、おめでたい頭だね」
ナルトは吐き捨てるように言った。
「『好き』なら平等? そんなわけあるか。知識の量、費やした時間、金、情熱……すべてにおいて俺の方が上だ。なのに、なんでお前らごときがチヤホヤされる!? なんで俺は『キモい』と言われて、お前らは『尊い』なんだ!?」
ドス黒いオーラが膨れ上がる。
それが理屈では説明できないことなのは、火を見るよりも明らかだった。
「この世は不公平だ。だから、俺はこの世界で『神』になる。お前らを始末したら、次は他の人気YouTuberも全員ここに引きずり込んでやる。全員の精神を破壊して、俺だけの王国を作るんだよ!」
「そんなこと……させるわけ……ないじゃない!」
アサは震える足で立ち上がろうとする。
だが、ナルトの重機アームが、無慈悲に振り下ろされた。
「フンッ!!」
ドガァァァン!!
「あがぁっ……!!」
鉄の爪が、アサの体を真横から薙ぎ払った。
彼女の体は枯れ葉のように吹き飛び、車両の壁に激突した。
壁がひしゃげ、窓ガラスが粉々に砕け散る。
「アサァァァァッ!!」
牢獄の中から、ハルトの絶叫が響いた。
アサは床に崩れ落ち、動かない。
華やかなドレスはボロボロに汚れ、あちこちから血が滲んでいる。
「……ふん、脆いな」
ナルトはつまらなそうに鼻を鳴らした。
彼はゆっくりと、倒れたアサに近づいていく。
その手には、あの大ハサミが握られている。
「トドメだ。あの世行きの切符を拝見してやる」
ナルトが大ハサミを振り上げる。
ハルトは檻を叩き、叫び続けた。
だが、その声は届かない。
アサの意識は、薄れゆく闇の中にあった。
痛い。寒い。怖い。
これまで、魔法の力でなんとかなってきた。
ハルト君が助けてくれた。
でも、今は違う。
純粋な悪意の前では、ただの「ラッキー」は通用しない。
(ここで……死ぬのかな……)
(ごめんね、ハルトくん……)
諦めかけた、その時、アサはハルトと出会ってからの1ヵ月を思い出していた。
新宿駅での出会い、最初に喧嘩してYoutuberコンビを結成したこと、いろんなところに依頼に出かけたこと、その度に鉄道の解説をするハルトの目が輝いていたこと。
アサはフッて笑った。
「1ヵ月……短くて楽しい時間だったわね……」
(アサー!)
誰かが私の名前を呼んでる。
誰?
……ああそうか、ハルト君。
まだ終わってないよね。
だって……。
「……この世界は、ハルト君の好きな鉄道の世界じゃないもんね」
かすれた声。
ナルトが動きを止めた。
「あ?」
アサが、ゆらりと顔を上げた。
額から血を流しながらも、その瞳だけは、死んでいなかった。
いや、さっきよりも強く、激しく燃えていた。
「私の……相棒が好きなものを……こんな風に汚すなんて……」
アサが地面に手をつき、歯を食いしばって立ち上がる。
その背中から、微かだが、しかし決して消えない光が漏れ出していた。
それは「幸福」の光ではない。
もっと根源的な、大切なものを守るための「勇気」の光。
「……絶対に、許さないんだから!!」
アサの絶叫が、悪夢の世界『ナイトメア・レイルウェイ』を震わせた。
彼女の背中から噴き出した光は、もはや「小さな幸せ」を生むような柔らかなものではない。
それは、暴走する列車を強制的に止める、非常ブレーキの火花のような、激しく鋭い光だった。
「無駄だ! ここは俺の世界! 俺の鉄道だ! おまえらごときがダイヤを乱すなァァァ!!」
怪物化したナルトが咆哮する。
背中の重機アームが一斉にアサへ襲いかかる。物理法則を無視した、亜光速の打撃。
だが。
「――違う!」
牢獄の中で、ハルトが叫んだ。
「お前の鉄道は、鉄道じゃない! ただの『模型』だ!」
「あァ!?」
ナルトの動きが一瞬止まる。
「お前の作る世界には、決定的な欠陥がある! さっきからお前の走らせている列車、ダイヤ、すべてがお前の『エゴ』のためだけに動いている! 誰かを運びたい、誰かに届けたいという『目的』がない!」
ハルトは鉄格子を握りしめ、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「乗客のいない鉄道なんて、ただの鉄塊だ! そんなスカスカな世界に、アサの『想い』を乗せた魔法が負けるはずがない!!」
ガガガガッ……!
世界に亀裂が走る。
ハルトの指摘は、この精神世界の根幹――「一人のエゴイストの自己満足」という脆い地盤を貫いた。
世界のバグ。
矛盾。
ナルトの動きが鈍る。
「今だ、アサ!! この世界を終わらせてくれ!!」
「了解ッ!!」
アサは地面を蹴った。
傷だらけの体など忘れたかのように、光の矢となってナルトへ突っ込む。
「私の、そしてハルトくんの大好きな鉄道を……返せぇぇぇぇ!!」
アサの拳が、光の塊となってナルトの胸郭に突き刺さる。
それは攻撃魔法ではない。
ただの、想いを込めたストレート。
だが、その拳には、ハルトの知識とアサの情熱――二人の「魂」が乗っていた。
「が、あ、あァァァァァァァッ!?」
ナルトの体が内側から発光する。
悪魔の黒い影が、アサの光に焼かれ、剥がれ落ちていく。
「ご乗車、ありがとうございましたァァァッ!!」
カッッッ!!!!
視界が真っ白に染まる。
悪夢の豪華列車が、レールが、どす黒い空が、ガラス細工のように砕け散った。




