エピローグ
翌年、四月。
新宿駅の改札前は、朝の光を浴びて、いつも通りの喧騒に包まれていた。
スーツ姿の通勤客、大きなスーツケースを引く旅行者、待ち合わせらしき学生たちの群れ。
その喧騒のど真ん中で、ハルトは手持ちカメラの電源を入れ、撮影の準備を進めていた。
「――よし、こんな感じかな」
液晶画面には、行き交う人々と、その向こうに広がる駅の全景が、綺麗に収まっている。
「準備、できた?」
隣に立つうみが、マイクを軽く握りながら、尋ねてきた。
紺色のコートに、春らしい淡い色のマフラーを巻いた姿は、出会った頃とは、また少し違う大人びた雰囲気を纏っている。
「うん、バッチリ」
ハルトは、カメラの録画ボタンに指をかけた。
「じゃあ、いくよ。……3、2、1」
赤いランプが、静かに点灯する。
「どうもみなさんこんにちは! 銀次です」
「アサで~す!」
チャンネルの顔として、二人が纏う空気が、すっと切り替わった。
普段よりも少しだけ高い声、少しだけ大きな身振り。
その変化に、ハルトは何度立ち会っても、内心で小さく感心してしまう。
「さて、アサさん。我々は今、新宿駅に来ているわけなのですが、どうしてだと思いますか?」
「うーん? 私とハルト君が出会ってちょうど一年が経過した記念?」
「ちょちょちょ。それプライベート」
ハルトが、慌てて手を振りながらツッコミを入れる。
その様子に、通りすがりのサラリーマンが、ちらりと視線を向けては、また足早に通り過ぎていった。
「もう! 記念日じゃないなら、どうしてこんな人混みに朝8時に呼び出したわけ?」
うみが、頬を膨らませながら、カメラに向かって不満げな視線を送る。
「それはもちろん、企画のためですよ」
「企画~?」
「というわけで今回やっていく企画はこちら! 新宿駅のすべての出口を12時間で回りきれ!」
ハルトは、そう言うと、駅構内を示すように、大きく腕を広げた。
「え? そんなの簡単じゃないの?」
「甘い。甘いよ、アサ。ここ新宿駅を舐めちゃいけない。新宿駅には200以上の出口があるのだよ!」
「200!? 普通の駅みたいに一つや二つではないことは目に見えてわかるけど……そんなにあって一日で周り切れるの?」
うみが、大げさに驚いてみせる。
その演技力も、この一年で、すっかり板についていた。
「そこはもちろん。というわけで今回の動画は、新宿駅の出口をできる限り回りながら、アサに新宿駅の魅力をたっぷりと伝えていきます!」
「期待しないで楽しみに待ってるわ」
「というわけで……」
ハルトは、カメラのレンズをまっすぐに見据えると、右手を高く掲げた。
その左手の薬指には、小さな指輪が、朝の光を受けて、控えめに輝いている。
これまでの、たくさんの出会いと、別れと、戦いの果てに、今、こうして二人で立っているこの場所。
賑やかな新宿駅の雑踏が、二人の新しい一歩を、静かに祝福しているようだった。
「『スタート』」
その掛け声とともに、二人は、朝の光の中へと、駆け出していった。




