最終話 はじめまして
スマホが鳴ったのは、大学の講義が終わった直後だった。
画面に表示された「浅野家」の文字に、ハルトの手が、一瞬止まる。
『――ハルト君。うみが、目を覚ましたわ』
アサの母親であるおとはの声は、電話越しでもわかるほど、弾んでいた。
「――ッ、すぐ行きます!」
ハルトは、講義棟を飛び出すと、そのまま病院へと走った。
息を切らしながら病室のドアを開けると、そこには、ベッドの上で、上半身を起こしたアサの姿があった。
窓から差し込む午後の光が、その横顔を、柔らかく照らしている。
「――アサ」
「あ」
アサは、ハルトの方を向くと、少し照れくさそうに、小さく笑った。
「遅い」
「悪い。すぐ来たんだけど」
ハルトは、ベッドの脇に駆け寄ると、その手を、そっと取った。
温かい。
確かな、体温だった。
「体、大丈夫なのか?」
「うん。みゆき伯母さんが、しっかり診てくれたから。もう、平気」
アサは、ゆっくりと頷くと、傍らのサイドテーブルへと、視線を向けた。
そこには、小さな箱が一つ、置かれていた。
「――これ」
アサは、その箱を手に取ると、大切そうに両手で包み込んだ。
「なに、それ」
「ヒマリから説明受けなかった? ラストからもらった、ディスティニーリング」
アサは、箱を開けた。
中には、シンプルながらも、どこか神秘的な輝きを放つ指輪が、収められていた。
「ラストが消える前、大事な人にこれを渡しなさいって言ってた」
「それを、僕に……?」
「うん」
アサは、静かに頷くと、その指輪を、ハルトの手のひらに、そっと乗せた。
「はじめまして。……浅野うみです」
そう言ってアサは、ニコリと優しい笑顔を見せた。
「これから先も、私の相棒でいてほしい」
ハルトは、手のひらの中の指輪を、じっと見つめた。
その重みが、ただの金属以上の、何かを伝えてくる。
「――アサ」
「なに」
「僕でいいのか。本当に」
「ハルト君以外、考えられない」
アサは、迷いのない声で、そう言い切った。
「ここまで、一緒に戦ってきたじゃない。私のために泣いて、私のために怒って、私のために、全部を賭けてくれた」
その瞳に、静かな熱が宿る。
「ハルト君じゃなきゃ、ダメだよ」
ハルトの目頭が、熱くなった。
こみ上げてくるものを堪えながら、ハルトは、その指輪を、そっと自分の指にはめた。
シンプルなデザインの指輪が、ハルトの手に、驚くほど自然に馴染む。
「……ありがとう、アサ」
「うみ、だよ」
アサは、いたずらっぽく笑った。
「本当の名前も、ちゃんと呼んでほしいな」
「――うみ」
その名を、ハルトは、確かめるように、もう一度呼んだ。
アサは、満足そうに微笑むと、居住まいを正した。
そして、まるで初めて出会うかのように、まっすぐにハルトを見つめる。
「秋津ハルトです。よろしく」
ハルトは、涙をこぼしながら、精一杯の笑顔で、その手を握り返した。
窓の外、澄み渡った青空の下、穏やかな風が、静かに吹き抜けていった。
秋津ハルトと、浅野うみ、そして、彼らを支える多くの仲間たちの物語は、ここに、一つの終わりを迎える。
だが、それは同時に――新しい日々の、始まりでもあった。




