7.5章閑話2
窓の外に広がる茜色の空を、うみは、ベッドの上から静かに眺めていた。
消毒液の匂いと、廊下の奥から響くナースコールの音だけが、病室の時間を刻んでいる。
ふと、窓ガラスに映り込んだ影に、うみの視線が止まった。
反射越しに映るのは、ベッドの陰に隠れるようにして佇む、線の細い青年の姿。
「……いつまで隠れてるつもり?」
うみは、振り返りもせずに、そう声をかけた。
「……ばれてた?」
「バレバレよ。あんたの気配、忘れるわけないでしょ」
そらは、観念したように、物陰から姿を現した。
「座ったら? そこに突っ立ってられると、目障りだわ」
「相変わらず、素っ気ないね、お姉ちゃんは」
そらは、苦笑しながら、ベッド脇の丸椅子に、浅く腰を下ろした。
うみは、ちらりと弟の顔を見やると、すぐにまた、窓の外へと視線を戻す。
しばらくの沈黙のあと、うみが口を開いた。
「ねえ、そら」
「なに?」
「どうして、お母さんを封印したの? そして、どうしてファーベルのところに行ったの?」
そらは、一瞬だけ、表情を強張らせた。
けれど、それもすぐに、いつもの飄々とした笑みの下に隠れてしまう。
「――お母さんは、お姉ちゃんばっかり可愛がってたでしょ?」
そらは、窓の外に視線を投げながら、静かに言葉を続けた。
「しかも、お姉ちゃんは強くて、優しい。いつも、僕を守ってくれる。……だから、羨ましかったんだ。嫉妬してたんだと思う」
その声には、悔しさとも諦めともつかない、複雑な色が滲んでいた。
うみは、何も答えず、ただ、弟の横顔を見つめていた。
そらは、ふと、思い出したように尋ねた。
「――ハルトさんのこと、聞いてもいい?」
「なに」
「お姉ちゃんにとって、あの人は?」
うみは、少しの間を置いて、静かに答えた。
「あいつは、私の大事な相棒よ」
その言葉に、そらは、小さく頷いた。
「……そっか」
そう言うと、そらは、椅子から静かに立ち上がった。
「もう行くの?」
「うん。ファーベル様が、待ってるから」
うみは、小さく息を吐いた。
「はぁ。あんた、結局、何も変わらなかったのね」
「――いいや」
そらは、うみの目を、まっすぐに見た。
「変わったよ」
「……そうかもね」
二人の間に、静かな沈黙が横たわる。
窓の外では、茜色だった空が、少しずつ、群青色に沈み始めていた。
「――また会ったら」
うみが、ぽつりと、口を開く。
「今度は、コテンパンにしてあげるわ」
「うん。期待しておく」
「……だってそら。あんた、私も殺そうとしたでしょ?」
「うん」
「『うん』じゃないわよ。……ほんと、生意気な男に育ったわね」
そらは、くすりと笑った。
「お姉ちゃんだって、だいぶ野蛮になったんじゃない?」
「そんなことないでーす!」
うみが、むっとした顔で言い返す。
その、いつもの調子に、そらは、少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「――またね、お姉ちゃん」
「ええ。また会いましょ」
そらは、最後にもう一度だけ振り返ると、静かに病室のドアの向こうへと消えていった。
一人残されたうみは、しばらくの間、弟が座っていた丸椅子を、じっと見つめていた。
やがて、視線を窓の外へと戻す。
群青の空には、いつのまにか、小さな星が一つ、瞬き始めていた。




