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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第7.5章

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115話 眠り姫

秋津家を辞去したハルトが向かったのは、都内の総合病院――アサが、まだ入院を続けている病室だった。


「あ、ハルト君」


みゆきは、ベッドの脇の丸椅子に腰掛けていた。

眠っているアサの寝顔を見つめていたその横顔が、ハルトに気づいて、ふっと緩む。


「みゆきさん。……アサの様子、どうですか」

「傷は塞がってきてるわ。あとは、体力が戻るのを待つだけね」


みゆきは、そう言うと、ハルトに向かって、隣の椅子を勧めた。

ハルトは、静かに腰を下ろす。

規則正しい寝息だけが、静かな病室に響いていた。


「――今日は、葛城さんのところに行ってたのよね」

「はい。……杏子さんから、秋津家のこと、少し聞いてきました」

「そう」


みゆきは、小さく頷いた。


「だったら、ちょうどいいわ。私からも、話しておかなきゃいけないことがあるの」

「アサの……名前のこと、ですか」


ハルトの問いに、みゆきは、静かに目を伏せた。


「うみの真名を封じたのは、私よ」

「……やっぱり」

「驚かないのね」

「なんとなく、そうじゃないかって、思ってました。アサが致命傷を負った時、みゆきさんが治してましたから」


みゆきは、小さく苦笑した。


「あの子が、まだ小さい頃の話をするわ」


みゆきは、眠るアサへと、優しい視線を向けた。


「知ってると思うけど、私はおとはの姉。あの子にとっては、叔母にあたるの」

「はい、それは……」

「浅野の力は、代々、まっすぐ受け継がれてきたわけじゃない。おばあちゃんから、おとは。おとはから、うみ。――そういう順番なのね」


みゆきは、静かに続けた。


「私は、おとはの姉なのに、力を継がなかったわ。うみの弟のそらも、継がなかった。……なぜか、いつも、そうなるの。姉妹でも、姉弟でも、片方にしか、核が宿らない」

「そう、なんですね……」

「だから私は、母――うみたちの祖母から見ても、力を持たない孫だったの。おとはが正式に当主を継いで、私はただの、姉」


みゆきの声に、当時を思い出すような、微かな翳りが混じる。


「うみがまだ五歳くらいだった頃……一度、力が暴走したことがあったの」

「暴走……」

「本人には、悪気なんて欠片もなかった。ただ、ちょっとしたことで泣いて、癇癪を起こして。それだけのことだったのに――周りの確率が、めちゃくちゃに歪んだの」


みゆきは、静かに息を吐いた。


「近くにいた大人が二人、階段から転げ落ちた。植木鉢が、ひとりでに窓から飛んで、危うく人に当たるところだった。……あの子自身は、何が起きているかも、わかっていなかったと思う」


ハルトは、言葉を失った。

まだ幼かったアサが、無自覚に振るっていた、あまりに大きすぎる力。


「このままじゃ、いつかあの子自身が、取り返しのつかないことをしてしまう。そう思ったの」


みゆきは、静かに続けた。


「だから、封じた。力そのものじゃなく、名前を」

「どうして、名前を……?」

「魔法はね、心のエネルギーを変換したもの。名を失った者は、心の状態が不安定になり、力の発現そのものが、大きく抑制されるの。――あの子から力を奪いたかったわけじゃない。ただ、あの子自身が、その力に振り回されずに、普通の子どもとして生きられるように」


ハルトは、みゆきの言葉を、噛みしめるように聞いていた。


「――逆のことをしてると思うかもしれないけど、あの子には、魔法使いの女性としてじゃなく、『浅野うみ』として生きてほしかった。私の、勝手な願いだったのかもしれないけどね」

「……そんなことないです」


ハルトは、思わず口を挟んだ。


「アサを、守りたかったからですよね」


みゆきは、少し驚いたように目を見開き、それから、静かに微笑んだ。


「――ええ、そうよ」


みゆきの表情に、悔しさが滲む。


「あなたも知っての通り、おとはだって、そらに囚われて、何年も力だけを利用され続けてた。……この家は、身内の手で、何度も踏みにじられてきた」


その声には、長い年月分の重さが滲んでいた。


「やっと、名前を返せた。……やっと、この子は『浅野うみ』にも『アサ』にも、ちゃんと戻れた」

「みゆきさん」

「なにかしら?」

「――ありがとうございます。アサのこと、ずっと、守ろうとしてくれて」


みゆきは、一瞬、目を潤ませた。

けれど、すぐに、いつもの穏やかな微笑みを取り戻す。


「お礼を言うのは、こっちの方よ。……あの子を、ちゃんと目覚めさせてくれたのは、ハルト君なんだから」


窓の外、夕暮れの光が、静かに病室を橙色に染めていく。

眠るアサの寝顔は、穏やかだった。

もう、誰にも奪われることのない、確かな名前を抱いて。

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