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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第7.5章

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114話 遠い昔の秋津家

湯呑みから立ち上る湯気が、静かに揺れていた。

杏子は、しばらくの間、何かを選ぶように、じっと湯呑みを見つめていた。


「秋津家について、あなたはどこまで知ってる?」

「――正直、あまり」


ハルトは、素直に答えた。


「うちの親、そういう話とかあんまりしないタイプで。おじさんとは家族ぐるみで仲良くしてもらってたけど、家の歴史とか、そういうのはほとんど聞いたことがなくて」


なんなら、ハルトの両親は、おそらく魔法とは無縁の世界で生きてきた人間だ。

秋津家の血を引くハルトの父親も、魔法の使い方どころか、異界管理局の情報統制で、魔法の存在すら知らないだろう。


「わかった。……なら、はじめから話すね」


杏子は、湯呑みを両手で包み込みながら、静かに語り出した。


「秋津家はね、『人を幸せにする魔法』――その、発祥の家なの」

「発祥……」

「うん。今でこそ、色々な家系が、似たような効果を持つ魔法を使うけれど。それを最初に見つけたのは、秋津家の遠い先祖なんだ」

「浅野家も、そうなんですか」


ハルトの脳裏に、みゆきの顔が浮かんだ。

みゆきの――そして、アサの家系が持つ、あの不思議な力。


「よく気づいたね」


杏子は、小さく微笑んだ。


「浅野家はね、後から続いた家なの。何代か前の当主が、秋津家の在り方に倣って……自分たちの持つ適性――確率を操る力を使って、同じ理念を実践しようとした。いわば、後発の、派生の家系」

「理念……」

「そう。『人を幸せにする』というのは、魔法の術式である以前に、一つの――生き方みたいなものだから」


杏子の声には、どこか誇らしげな響きがあった。


「秋津家は、その理念そのものの、いわば原点。浅野家は、それに影響を受けて、自分たちのやり方で同じ道を追いかけようとした家。……そういう関係なの」


アオイが、そっと口を挟む。


「秋津家の魔法って、結局どういうものなの? お母さん」

「――それはね」


杏子は、一瞬、言葉を選ぶように目を伏せた。


「私も、詳しくは知らないの。宗介も、あまり多くを語らなかったから」

「え……」

「ただ一つだけ、はっきり言えることがある」


杏子は、湯呑みをテーブルに置くと、まっすぐにハルトを見た。


「秋津家の人間はね、意識して魔法を使わなくても……ただそこにいるだけで、周りの人を、少しずつ幸せにしてしまう。そういう体質なんだ」

「体質……」

「宗介が、いつも言ってた。『発動してる自覚なんて、一度もない』って。本人にしてみれば、ただ普通に笑って、普通に喋って、普通に側にいるだけ。それだけのことなのに、気づけば、周りの人間の心が、少しずつ軽くなっていく」


杏子の口元に、懐かしそうな笑みが浮かぶ。


「私も、最初はそれに気づかなかったわ。ただ、この人と一緒にいると、なんだか毎日が楽しいなって。それだけだと思ってた。……でも、実はそれこそが、あの人の魔法だったのよね」


ハルトは、思わず、自分の胸に手を当てた。


――心当たりが、ないわけではなかった。


チャンネルのコメント欄で、よく言われる言葉。


『なんか見てると元気出る』


『ハルトさんの動画、疲れてる時に見ると落ち着く』


深く考えたことはなかった。

ただの、お世辞だと思っていた。


「……もしかして、僕も」

「ええ。おそらく、ハルト君にも」


杏子は、静かに頷いた。


「宗介の血を継ぐ者は、皆、多かれ少なかれ、その性質を持っているはず。本人が意識するかどうかは、別として」

「そんな……」


ハルトは、言葉に詰まった。

自分が、無意識に、誰かを幸せにしている。

そんな実感は、正直、まだどこにもなかった。

だが――


(アオイの、あの反射)


ハルトはアオイと出会ったあの日のことを思い出していた。


(触れられることを、あんなに怖がっていたのに)


アオイはあの時、ハルトの手を強く振り払った。


(いつの間にか、僕には……)


脳裏に浮かんだ考えを、ハルトは、慌てて振り払った。


「え、えっと。それって、いつ、どうやって発動してるとか、そういうのは……」

「そこまでは、私にもわからないね」


杏子は、小さく肩をすくめた。


「宗介も、最後まで、自分の力の正体をきちんと言葉にはしなかったから。……もしかしたら、本人にも、よくわかっていなかったのかもしれないわね」


アオイが、隣で、ハルトの手にそっと触れた。


「大丈夫だよ、ハルト君」


その手のひらの温もりに、ハルトは、少しだけ、肩の力を抜いた。


「あなたは、自分の力について、どう思っている?」


杏子の問いに、ハルトは、しばらく考えてから、静かに答えた。


「よく……わからないです。まだ」

「それでいいと思う」


杏子は、優しく目を細めた。


「焦らなくていいよ。宗介だって、そうだった。……自分の力の本当の意味を、最後まで、はっきりとは口にしなかったんだから」


窓の外では、いつの間にか、夕暮れの光が、群青色の夜に溶け始めていた。


「今日話せるのは、ここまで」


杏子は、静かに立ち上がった。


「続きはまた、今度話すね。――時間はまだいっぱいあるから」


その言葉に、ハルトは小さく頷いた。

まだ知らないことが、たくさんある。

けれど、それを急いで知る必要はないのだと、その優しい声が、教えてくれているような気がした。

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