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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第7.5章

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113話 おじさんの家

新宿駅の喧騒を抜け、電車を乗り継いで一時間ほど。

住宅街の坂道を上っていくと、見覚えのある生垣と、白い外壁の家が見えてきた。


――何も、変わっていない。


ハルトは、思わず足を止めた。

胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


この道を、何度歩いたことだろう。


夏休みのたびに、正月のたびに、時には理由もなく、ただ会いたくて。


「――久しぶりだな、おじさん」


誰もいない玄関先で、ハルトは小さく呟いた。

応える声は、もうどこにもない。

それでも、記憶の中の宗介は、いつもの、あの少し照れくさそうな笑顔で、こちらを見ているような気がした。

インターホンを押すと、しばらくして、軽い足音が近づいてきた。


「――ハルト君!」


勢いよく開いた扉の向こうから、アオイが顔を出す。

その表情には、隠しきれない喜びが滲んでいた。


「待ってたよ。さ、入って入って」

「うん。お邪魔します」


玄関に足を踏み入れた瞬間、懐かしい匂いが鼻をかすめた。

木の床と、古い本棚と、誰かが淹れているお茶の匂い。

宗介の家に来るたび嗅いでいた、あの匂いだった。


「ハルトさん!」


廊下の奥から、チハルが駆けてくる。

以前よりも、頬にずっと血色が戻っていた。


「チハルちゃん、元気そうで良かった」

「うん! もうすっかり元気だよ。お姉ちゃんが、毎日看てくれたから」


チハルは得意げに笑うと、ハルトの手を引いて奥のリビングへと歩き出す。

その先――ソファから、一人の女性が、静かに立ち上がった。

柔らかな面差しは、どこかアオイに似ていた。

けれど、その瞳の奥には、長い年月を重ねた者だけが持つ、深い静けさが宿っている。


「久しぶりね、ハルト君」

「はい。……えっと……お久しぶりです、杏子さん」


ハルトは、慌てて姿勢を正した。


「娘たちが、お世話になりました。本当にありがとう」


杏子は、そう言って、穏やかに微笑んだ。

その笑い方が、ふと、宗介のそれと重なって見えて、ハルトは一瞬、言葉に詰まった。


「そういえば……杏子さんは、宗介さんの……」

「うん。あの人の、連れ合いだったね」


杏子は、静かに頷く。


「といっても、籍を入れていたわけではないのだけれど。宗介は、そういうことに、あまりこだわらない人だったから」

「……まあ、そうでしょうね」


懐かしむような、けれど、どこか寂しさの滲む声だった。

ハルトはそれにつられて少し苦笑した。


「この家にハルト君が来てくれるのは、何年ぶり?」

「……おじさんが、亡くなってから、初めてです」


ハルトは、正直に答えた。


「あの人が死んでから、僕、一度もここに来られなくて。……来る勇気が、なかったんです」

「そっか」


杏子は、それだけ言うと、リビングの窓に目を向けた。

庭の木は、宗介が生きていた頃よりも、随分と枝葉を伸ばしていた。


「アオイから、聞いているわ。ハルト君が、二人を助けてくれたこと」

「そんな、僕は……」

「お礼を言わせて。……本当に、ありがとう」


杏子が、深く頭を下げる。


「……僕は、当然のことをしただけです」


ハルトは少し困ったような笑みを浮かべながら、自らの頬を指で撫でた。


「相変わらずだね、ハルト君は」

「な、なにがだよ、アオイ」

「素直に感謝を受け取れない天邪鬼なところ。早く直さないと、ガールフレンドに振られちゃうよ?」


さらりと告げられた言葉に、ハルトの顔が赤くなる。


「あ、姉さんまたそういうこと言う」


チハルが、呆れたようにため息をついた。

その、あまりにも自然なやり取りに――家族の、当たり前の風景に――ハルトの胸が、じんわりと温かくなっていく。


「さ、立ち話もなんだから、座って。お茶を淹れるわね」


杏子が、キッチンへと向かう。

その後ろ姿を見送りながら、ハルトは、ふと、ソファの横に飾られた写真立てに目を留めた。

若い頃の宗介が、こちらに向かって、屈託なく笑っている。


「――おじさん」


小さく呼びかけると、その声を聞きつけたのか、アオイが隣に腰を下ろした。


「懐かしい?」

「うん。……本当に、懐かしい」


窓の外では、夕暮れの光が、庭の木々を、静かに橙色に染め始めていた。


「ハルト君。今日ここに来てもらったのはね」


アオイの声が、少しだけ、真剣な色を帯びる。


「お母さんから、秋津家のこと――聞いてほしいの」


キッチンから戻ってきた杏子が、湯呑みを三人の前に置きながら、静かに頷いた。


「うん。……ハルト君にはね、知っておいてほしいことが、たくさんあるから」


ハルトは、姿勢を正し、湯呑みを両手で包み込んだ。

湯気の向こうに、懐かしい笑顔が、もう一度だけ重なって見えた気がした。

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