13話 アクセス特急
「あれ? ハルトくんじゃない。何を読んでるの?」
「アイ、リード、ザ、イングリッシュ、ブック」
あまりにも見事な、平坦極まりないカタカナ発音。それを聞いたアサはこらえきれず、ぶっと吹き出してしまった。
「何よそのカタカナ英語。どうしたの? 急に英語なんか練習し始めちゃって」
「はぁ!? 次回の依頼人は、外国の方だって言ったのアサのほうじゃないか!」
ハルトが抗議の声を上げると、アサは思い出したようにポンと手を打った。
「ああ、確かに言ったわね。でもそんな練習しなくても大丈夫よ」
「どうして?」
「依頼人との事前のメールで、日本語で会話して大丈夫だそうよ。むしろ下手な英語で話されるより、母国語同士で話したほうがコミュニケーションしやすいらしいわ」
「あぁ……。まあ確かに一理あるか」
腑に落ちたようにハルトは肩を落とす。
何となく、アサの場合は言葉の壁など関係なく、持ち前のジェスチャーとパッションで全てを解決してしまいそうである。
「でしょ? それで、今回の動画はどこからスタートするの?」
「その前に確認なんだけど、今回の依頼って、成田空港で飛行機の乗り換え待ちの時間の観光案内をしてほしいという依頼だったんだよね? ここまで来ると魔法関係なくない?」
「あー、確かに依頼自体には魔法は関係ないんだけど、お店の人が、私……というよりハルト君にお願いしたいんだって」
「僕? ……もしかして、アサ、動画のこと家の人に喋ったのか?」
「喋ってないわよ。ただ、私がここのところ怪しい動きをしてたらしくて、それで検索されてバレたわ」
あっけらかんと言うアサに、ハルトは頭を抱えた。
「問題ないのか?」
「今のところは黙認してくれるそうよ。むしろ今までは、ルートコンパスっていう魔道具を使って目的地に行ってたんだけど、ハルト君に新宿駅で出会う1時間前くらいに、落として壊れちゃってね。修理するのもお金と時間がかかるみたいだから、ちょうどよかったみたいよ」
「はぁ……」
なんというか、アサらしいドジなエピソードである。
新宿駅で、迷子のような顔をして必死にハルトに声をかけてきたのはそのためだったのか、と今更ながら合点がいく。
「それで、僕が旅行系YouTuberだから、成田空港の案内を依頼されたってことだね」
「ええ。ところで、スタート地点はどこなのかしら?」
後日。
時間は午前8時。
朝の喧騒に包まれる中、二人は地下鉄に揺られ、都営浅草線の日本橋駅ホームに降り立った。
少し古臭く、薄暗い地下ホームの端っこで、ハルトは慣れた手つきでカメラを回し始める。
ここからはYouTuber『銀次』の時間だ。
「どうもこんにちは、銀次です」
「アサです!」
「というわけで、アサくん。今日はここ、都営浅草線の日本橋駅に来たわけですが、ここからどこに行くと思いますか?」
「え? そもそもここからどこまで行けるの?」
「いいところを聞いてくれました! ここ、日本橋駅からは、成田空港と羽田空港という日本の2代空港へ乗り換えなしでアクセスできる駅なんだよ」
「そしたら、今回は空港へ行くのかしら?」
「その通り! 今回は国際線とLCCのターミナル、成田空港へ移動する旅を、鉄道ミリしら女子大生に経験してもらおうと思います」
「それは楽しみね。どうやって行くのかしら?」
「日本橋から成田空港へ行く方法はいくつかありますが、今回選んだのはこちら!」
地下に響く接近放送と共に、銀次が指差した先に入線してきたのは、鮮やかなオレンジ色の帯を巻いたスタイリッシュな車両――京成3100形だ。
「京成電鉄の『アクセス特急』です! 車体にも飛行機のイラストが描いてあって、まさに空港スペシャルって感じですね」
「へぇ〜、なんかカクカクしてて強そうな電車ね。 でも銀次くん、成田行くなら『スカイライナー』じゃないの? あの青くて速いやつ」
「おっ、アサくんも詳しくなってきましたね。確かにスカイライナーは最速だけど、特急券だけで1300円くらいかかるんだ。でもこの『アクセス特急』なら、乗車券だけで乗れる!」
「出たわね、貧乏学生の味方!」
「言い方! 『コスパ最強』と言ってください!」
軽口を叩き合いながら、二人は車内に乗り込んだ。スーツケースを持った旅行客に混じり、ロングシートに腰を下ろす。
やがて、電車は地下区間を抜け、少しずつ速度を出し始める。
窓の外には、スカイツリーが間近に迫り、てっぺんを見上げることができなかったアサは、少し残念そうにしていた。
やがて、京成高砂駅を出発したアクセス特急は、しばらくして、今までにない速度まで加速し、全速力で小さな駅を通過し始めた。
「すごい! 今まで乗った電車よりもかなり速く感じるわね!」
「この電車が走る『成田スカイアクセス線』は、在来線なのに最高時速120kmでぶっ飛ばすんだ。特急料金なしでこの爆走感を味わえるのは、関東でも数少ないからね」
「ふーん。……あ、見て銀次くん! 窓の外、田んぼしかないわよ!」
「千葉ののどかな風景を楽しめるのも醍醐味なんだ」
電車は印旛沼の広大な湿地帯を抜け、一直線に伸びる高規格な線路を風のように疾走していく。
約一時間の目まぐるしい高速旅を終え、二人は無事に終点の成田空港駅に到着した。
***
到着ロビーには、今回の依頼人であるアメリカ人のバックパッカーのマイクさんが待っていた。
彼自身の背丈ほどもありそうな大きなリュックを背負った、見るからに陽気な男性だ。
「Hi! Are you Asa?」
「イエース! アイ・アム・アサ! ディス・イズ・マイ・サーヴァント、ハルト!」
「おい、誰が召使いだ。相棒だ、相棒! Nice to meet you, I'm Haruto.」
マイクさんは「Oh, Japanese boy and girl! Cool!」とハルトの肩をバシバシ叩いた。どうやら陽気な人のようだ。
彼のフライトまではあと3時間。
早速、空港内ツアーが始まった。
「まずはここ! 第1ターミナル5階の『展望デッキ』よ!」
アサの案内……という名のハルトの小声のナビゲートで、一行は展望デッキへと出た。
遮るもののない青空と、フェンスの向こうに広がる4000メートルの長大な滑走路は圧巻の一言だ。ジェットエンジンが空気を震わす轟音を立て、巨大な飛行機たちが目の前で次々と離着陸していく。
「Wao! Amazing!」
「でしょでしょ? あ、見てマイクさん! あの飛行機、カメの絵が描いてある!」
「That is "Flying Honu"! ANA!」
「おお、マイクさん詳しいわね! ハルトくんより解説うまいんじゃないかしら?」
「うるさいな! 僕は旅行オタクであって空オタじゃないんだよ!」
「HaHaHa. Oh,is this a Ashiyu right?」
「あれ? 確かにあんなところに足湯があるよ」
「ああ! つい最近、2026年の4月にリニューアルされて、いろんな設備が追加されたんだ」
「へぇ、成田空港も今や観光地なのね……」
心地よいお湯に足を浸しながら飛行機を眺めるという非日常に、マイクさんも大満足の様子だった。
続いて向かったのは、成田空港第2ターミナルの地下にある空港第2ビル駅だ。
華やかなロビーから一転、無機質なコンコースを歩かされ、アサが訝しげな顔をする。
「ちょっとハルトくん。こんなところまで連れてきて何する気なの?」
「まあまあ。あれをみてご覧」
ハルトが指差したのは、駅の隅にある不自然にシャッターが半開きになったような薄暗い空間。
「What is this? I think……this is a secret streat.」
「そう。あれは、とあるところに繋がっている秘密の通路なんだ」
「東成田……? って書いてあるわね」
一歩足を踏み入れると、そこは昭和から時間が止まったような空間だった。
「おお! すごいわね! 成田空港の地下にこんな誰もいない通路があるなんて!」
「What is Amazing!」
無機質な蛍光灯が延々と続く、およそ500メートルの地下通路。
静まり返ったその不気味さと非日常感に、アサもマイクさんも子供のようにテンションを上げている。
「ちょっとテンション上がるだろ? ずっと真っすぐだし」
次に訪れたのは、地下のコンコースにあるガチャポンコーナー。
壁一面にズラリと並んだ数百台のガチャガチャマシーンに、マイクさんは目を輝かせた。
「This is Crazy! Japan culture is cool!」
「ふふん、マイクさん、これをお土産にどうかしら?」
アサが指差したのは、『日本の仏像コレクション』という渋いガチャだ。
マイクさんは大喜びで小銭を投入する。
アサがこっそりと指先を動かし、小さな魔法をかける。
ゴロン、と出てきたのは――金色のシークレット仏像だった。
「Oh my god! Golden Buddha!」
「やったわねマイクさん! きっといい旅になるわよ!」
アサはウィンクした。
ハルトは後ろからその様子を見て、小さく頷く。
(相変わらず、人を喜ばせることに関しては天才的だな……)
その後も、和食レストランでうどんを食べたり、アニメショップを巡ったり。
3時間はあっという間に過ぎた。
出発ゲートの前で、マイクさんは二人の手を握った。
「Thank you, Asa, Haruto! Best memories!」
「Have a nice trip!」
マイクさんが姿を消すと、アサは「ふぃ〜」とその場に座り込んだ。
「つ、疲れた……。英語喋りすぎて脳みそがショートしそうだわ……」
「ほとんど『Wow』と『Cool』しか言ってなかったけどな」
「うるさいわね! 心で通じ合ったのよ!」
***
時刻は夕方。
歩き疲れた二人は、JRの成田空港駅ホームにいた。
「帰りはこれに乗るぞ。JR総武線の『快速・逗子行き』だ」
入線してきたのは、銀色のボディに青とクリーム色の帯を巻いたE235系。
近未来的な四角い顔をした最新型車両だ。
「なによこれ、通勤電車じゃない! 疲れたから、成田エクスプレスがいいわ」
「申し訳ない。成田エクスプレスは満席でチケット取れなかった。でも安心してくれ。アサのために『特別席』を用意したから」
「特別席ですって!?」
ハルトが案内したのは、編成の中央に連結された二階建て車両――『グリーン車』だ。
「じゃーん! 普通列車のグリーン車だ!」
「おおっ! 二階建て! なんだかセレブっぽいわね!」
「特急料金より安い追加料金で乗れるし、リクライニングシートで快適なんだ。しかも、見ててよ」
ハルトはホームで買ったSuica情報の入ったパスモを、座席の天井にある読み取り部にかざした。
ピピッ、とランプが赤から緑に変わる。
「何それ! 魔法かしら!?」
「ふっふっふ、これは『グリーン券情報読み取りシステム』だ。こうしておけば、車掌さんの検札が省略されるんだよ」
「へぇ〜! ハルトくんって、たまにカッコいいこと知ってるよね」
「たまにかよ!」
二人は見晴らしの良い二階席に並んで座った。
高い視点から眺める千葉の景色は、行きとは違い、夕暮れのノスタルジックな雰囲気を纏っていた。
リクライニングを深く倒し、背面テーブルを引き出して空港で買ったお茶を置く。
「ん〜、極楽極楽。……ねぇ、ハルトくん」
「ん?」
「私、英語は全然わかんなかったけど、マイクさんが笑ってくれたのはわかったわ」
「ああ、すごく楽しそうだったな」
「言葉が通じなくても、楽しいって気持ちは伝わる……魔法と一緒かもしれないわね」
アサは窓の外の流れる景色を見つめながら、穏やかな顔で言った。
車窓から差し込む夕日が、彼女の横顔を淡いオレンジ色に染めている。
「魔法は『きっかけ』だけど、それを受け取って喜ぶのはその人の心。YouTuberも、動画という『きっかけ』で誰かを笑わせる仕事なら……ちょっと魔法使いに似てるんじゃないかしら?」
「……お前、たまに良いこと言うよな」
「『たまに』って何よ! いつも知的でしょ!」
「はいはい。……でもまあ、そうかもな」
マイクさんの笑顔と、アサの予測不能な珍道中、そしてそこに添えられる少しの鉄道知識。
ハルトにとって、それは動画としても、旅としても完璧なバランスだった。
「……あ、ハルトくん。そういえば」
「なんだ?」
「私、東京駅に着いたらトイレ行きたいんだけど、トイレってどこにあるかわかる?」
感動的な空気から一転、現実的な問いかけにハルトは苦笑する。
「トイレなら、この列車にもついてるぞ?」
「え? グリーン車にも?」
「うん。まぁでも、車内で迷われて、途中で降りたら大変だから、案内するよ」
「あら助かるわ。でも覗いたら命はないと思いなさいね」
「誰も覗かねーよ!」
快速電車は滑らかに加速し、都心へと向かう。
グリーン車の快適な揺れの中で、二人の凸凹コンビは、次の旅に向けて英気を養うのだった。
英語間違ってたら修正しますので、コメントください。




