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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第七章

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110話 剣士と影

崩れた通路を抜けた瞬間、ハルトの足が、その場に縫い付けられたように止まった。


「――おとはさん……!」


瓦礫の中に、力なく倒れ伏しているおとはの姿があった。

ぴくりとも動かない。かろうじて上下する胸が、まだ息があることだけを伝えている。


そしてその奥――ファーベルの手から伸びた黒い影が、ヒマリの首に、蛇のように絡みついていた。


「あ……ぐ、っ……」


ヒマリの足が、宙に浮いている。剣に変わるはずのアクセサリーが、力なく地面に転がっていた。


「先輩……ッ!」


頭の中が、真っ白になった。

考えるより先に、体が動いていた。


「――ファーベルァァァ……ッ!」


ハルトは、光を纏わせた拳を振りかぶりながら、目の前の敵に突っ込んでいく。

策も、間合いも、何もない。

ただ、目の前の光景を止めたいという衝動だけが、彼を突き動かしていた。


「おや」


ファーベルが、興味深そうに、こちらへ視線を寄越した。

片手はヒマリの首を絞めたまま、もう片方の手を、ハルトへと軽く掲げた。


「そんなに、急がなくても」


黒い影が、地面から幾筋も突き上がり、ハルトの体を貫こうとした、まさにその時だった。


「――退けッ!」


鋭い声と共に、一閃の光が、ヒマリの首を絞める影を斬り裂いた。


「――ぐ……ッ」


ファーベルが、初めて、僅かに顔をしかめる。

解放されたヒマリの体が、崩れ落ちるように地面へ落ちた。

それを、片腕で、危なげなく受け止める人影があった。


「土方、さん……!?」


咳き込みながら顔を上げたヒマリが、掠れた声でその名を呼んだ。


「――遅くなった」


土方大和は、抜き放った刀身に纏う光を、静かに消しながら答えた。

その佇まいは、いつもの執務室での彼とはまるで違う、落ち着いた足運び――紛れもなく、剣そのものを生業にしてきた者の気配だった。


「立てるか、ヒマリ」

「……申し訳、ありません。不覚を、取りました」

「詫びは後だ。今は休んでいろ」


土方は、そう言うと、ヒマリの体をそっと壁際に下ろし、改めて刀を構え直した。

その視線が、ハルトへと向く。


「秋津ハルト」

「は、はい……!」

「お前、正気を失ってるように見えたが」

「……すみません」

「詫びなくていい。だが――ここで死なれても困る」


土方の声には、叱責というより、確認するような響きがあった。


「戦闘支援を、頼めるか」

「――え?」

「俺一人では、あの男は止め切れん。お前の力を、貸してくれ」


刀を構えたまま、土方は、まっすぐにファーベルを見据えた。

その横顔に、迷いは一切なかった。


ハルトは、拳を握り直した。

まだ、心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。おとはの悲鳴も、ヒマリの首に食い込んでいた影の感触も、瞼の裏に焼き付いたままだ。

それでも――今、目の前にいる人が、共に立とうとしてくれている。


「――はい。お願いします」


ハルトは、光を纏った拳を、もう一度構え直した。


「おやおや」


ファーベルは、二人を見比べながら、愉快そうに口の端を上げた。


「異界管理局の"剣"まで出張ってくるとは。随分と、面白い出来事です」

「無駄口は結構だ」


土方が、静かに一歩、前に出る。


「秋津。合図をしたら、右から仕掛けろ。俺は、正面から崩す」

「わかりました……!」


二人の間に、無言の連携が生まれた瞬間だった。

土方が地を蹴り、ハルトもまた、光を纏った拳を握りしめて、後を追うように踏み出した。

刃と拳が、交錯する。

土方の剣が、影の触手を、次々と斬り伏せていく。その太刀筋には、一切の無駄がなかった。

ハルトも、隙間を縫うように光弾を放ち、土方が斬り漏らした影を、片端から吹き飛ばしていく。


「――悪くない、連携ですね」


ファーベルは、それでも、涼しい顔のままだった。

影の壁で拳を受け流し、剣筋を紙一重で避け続けている。


「秋津、下がるな! 呼吸を合わせろ!」

「はい……ッ!」


土方の声に押されるように、ハルトは、拳に力を込め直す。

最初の数合は、確かに、渡り合えていた。

土方の剣と、ハルトの拳。

噛み合わない二人の戦い方が、それでも、互いの穴を埋めるように機能していた。


だが――それも、長くは続かなかった。


「そろそろ、飽きてきました」


ファーベルの声色が、わずかに変わった。

それまで受けに回っていた影が、急速にその数を増していく。

まるで、これまでの動きが、単なる観察だったとでも言うように。


「――くっ!」


土方の剣が、初めて、影の一本を斬り漏らした。

浅く、右肩を掠める。血が、僅かに滲んだ。


「土方さん……!」

「まだだ!」


土方は、痛みを堪えるように顔を歪めながらも、剣を構え直す。

だが、その太刀筋には、明らかに先ほどまでの精彩がなくなっていた。


(……格が、違う)


ハルトの背筋を、冷たいものが伝った。

先ほどから、ずっと感じていた違和感が、今、確信に変わっていく。

土方は決して弱くない。

それどころか、恐ろしいほどの手練れだ。

それでも、この男の前では、その全てが霞んでしまっている。


「もう一段、上げましょうか」


ファーベルが、静かに、手をかざした。

無数の黒い光の粒子が、彼の周囲に渦を巻き始める。


「土方さん、それは……!」

「――くる。秋津、俺の後ろに」


土方は、剣を両手で構え直し、迫り来る奔流の前に立ちはだかった。


「舐めるなよ……!」


裂帛の気合いと共に、土方の刀身が、まばゆい光を纏う。

だが、放たれた黒い奔流は、その刃を、いとも容易く押し潰していった。


「――ぐああああッ……!」


土方の体が、大きく吹き飛ばされる。

瓦礫に叩きつけられた体が、力なく、地面に転がった。


「土方さん……!」


ハルトが駆け寄る。

土方の右腕から、脇腹にかけて、深く抉られたような傷が刻まれていた。

血の量が、あまりにも多い。


「……くそ、が……」


土方は、歯を食いしばりながら、それでも起き上がろうとした。

だが、その体は、僅かに震えただけで、二度と持ち上がらなかった。


「立つな……! もう、十分だ、土方さん……!」

「……すまん……秋津……」


土方の声は、掠れきっていた。


「俺のことはいい。時間を……稼げ……」


その言葉を最後に、土方の瞼が、力なく閉じられた。


「土方さん……! 土方さんっ……!!」


ハルトの叫びが、崩れた駅構内に、虚しく響き渡った。

土方は辛うじて息を保っているが、もうこの場で戦うことはできないだろう。


顔を上げると、ファーベルが、静かに、こちらを見下ろしていた。

その口元には、変わらず、余裕の笑みが浮かんでいる。


「さて」


ファーベルが、一歩、前に踏み出した。


「残ったのは、あなた一人、ですね」


崩れ果てた瓦礫の中、ハルトはただ一人、立ち尽くしていた。

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