102話 緊急速報
総務省本庁舎、異界管理局の執務室。
土方の机には、新宿駅の構内図が広げられていた。改札、通路、コンコース――赤いペンで幾つもの印がつけられている。
「――ファーベルの本拠地は、新宿駅構内に生成された異空間内。これで、間違いないんだな」
土方の問いに、ハルトは頷いた。
「はい。……その、うまく説明できないんですけど、確信があります」
一週目の記憶。
そらに案内され、そのまま足を踏み入れた、あの円形の広間。
『今』の自分は、まだそこに一度も足を踏み入れていない。
それでも、未だ確信だけは鮮明に残っていた。
「ハルト君の勘、これまで何度も当たってますからね」
ヒマリが、静かにそれを補強するように言った。
「異空間への入口は、小田急線改札付近――以前、そらに案内された場所と、ほぼ同一の座標だと考えられます」
「入口の座標が特定できているなら、話は早い」
土方は、構内図の一点を指で叩いた。
「問題は、内部の防衛体制だ。カイトから得た情報によれば、そらを含む複数の"手駒"が、まだファーベルの下に残っている」
「そらは……」
アサが、小さく声を落とす。
「アサ。無理に、割り切らなくていい」
ヒマリが、その肩にそっと手を置いた。
「でも、いざという時、私が足を引っ張るわけにはいかないから」
アサは唇を引き結び、まっすぐに土方を見た。
「――続けてください」
土方は小さく頷き、資料をめくった。
「栗島邸の一件以外にも、悪魔化した人間達への対処で、こちらの戦力も消耗している。浅野みゆきの目覚めもまだ先になるだろう。本来なら万全を期して、あと数週間は準備期間を置きたいところだが……」
「でも、悠長にはしてられない……ってことですよね」
ハルトが、その先を引き取るように言った。
「カイトの言葉を借りるなら、"そう遠くないうちに"、だ。ファーベルが先に動くのを待つより、こちらから機先を制する方が、まだ勝算がある」
土方が、そう言いかけた、その時だった。
執務室の壁際に設置された、業務用の通信端末が、けたたましい警報音を鳴らし始めた。
「――なんだ」
土方が、即座に端末に手を伸ばす。
画面に映し出されたのは、緊急事態を示す赤い文字と、都心部の地図だった。
「新宿駅……!?」
ハルトが、思わず声を上げる。
『こちら現場対応班! 新宿駅構内、南口付近にて巨大魔力反応を検知! 複数の一般人が"悪魔化"の様相を呈しており、既に負傷者多数……!』
無線越しの声は、明らかに焦りを帯びていた。
『繰り返します! 新宿駅構内で、悪魔化した人間による暴走が発生……! 該当エリアの一般人避難、急ぎ進めていますが、対応が追いつきません……!』
一瞬にして、部屋の空気が凍りついた。
「悪魔化、した人間……?」
アサが、青ざめた顔で呟く。
「まさか……ファーベルが……!」
ヒマリの声にも、隠しきれない緊張が滲んでいた。
土方は、無線機を握りしめたまま、鋭くハルトたちを見た。
「――予定を早める。準備が整うのを待っている猶予は、もうない」
「行くしかない、ってことですね」
ハルトの声も、既に震えていた。
恐怖と、そして――ようやくこの時が来た、という覚悟の入り混じった震えだった。
「土方さん。僕らを、行かせてください」
「……ああ」
土方は、短く頷いた。
窓の外、都心のビル群の向こうに、ハルトの目には見えないはずの禍々しい光の柱が、確かに立ち上っているような気がした。




