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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第六章

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6章エピローグ

犬吠埼国立病院、四階の廊下。


窓の外には、灰色の海が広がっていた。

波音は聞こえないはずなのに、なぜか耳の奥で、ずっと響き続けている気がする。

アオイは、病室の前に置かれた硬いベンチに、一人腰掛けていた。

チハルは、今は眠っている。

医師の説明では、命に別状はない、経過観察のための入院だという。

それでも、点滴に繋がれた妹の寝顔を見るたび、アオイの胸は、ずきりと痛んだ。


(ハルト君と、ハルト君の家族……。それに、ヒマリさんやアサさんまで、あんな目に遭わせてしまった)


膝の上に置いた両手を、アオイは、ぎゅっと握りしめる。


道具として置かれてきた自分。

それでも、今回だけは、道具ではいられなかった。

妹を、そして自分の意志で選んだ人達を、守りたいと思った。

その結果が、今のこの状況だった。


「――良かった……のでしょうか……」


自嘲じみた呟きが、誰もいない廊下に、小さく溶けていく。

その時だった。

エレベーターホールの方から、慌ただしい足音が近づいてくる。

看護師にしては、あまりに余裕のない、乱れた足取りだった。

アオイは、何気なくそちらへ視線を向けた。

そして、動けなくなった。

そこに立っていたのは、記憶の中よりも幾分やつれた、しかし紛れもなく――見覚えのある女性だった。

息を切らし、髪を振り乱し、それでも真っ直ぐにこちらを見据えている。


「――アオイ……!」


掠れた声が、廊下に響いた。

アオイの心臓が、大きく跳ねた。


「……お母、さん……?」


その一言を口にした瞬間、女性の顔が、くしゃりと歪んだ。


「ああ……本当に、アオイなのね……!」


駆け寄ってきた母は、ベンチに座るアオイの前に膝をつき、震える手で、その両頬をそっと包み込んだ。


「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……!」

「お母さん……? どうして、ここに……」


アオイの声は、自分でも驚くほど頼りなく震えていた。

長い間、感情を殺すことに慣れきっていたはずの体が、目の前の温もりに、上手く対応できずにいる。


「思い出したの……。全部……! アオイのことも、あの夜のことも……!」


母は、涙をぼろぼろとこぼしながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「私……ずっと、記憶を、封じられてた。娘がいたことすら、忘れさせられて……。ずっと、何かが欠けてる感覚だけがあって、それが何なのか、自分でもわからなくて……」


アオイの母は、アオイを抱きしめる力を強める。


「でも、今日、急に……堰を切ったみたいに、全部思い出したの。あなたの顔も、名前も、あの時のことも」

「……うんうん。お母さんは、何も悪くないよ」


母は、震える手で、アオイの背中をそっと抱き寄せた。


「いいえ。アオイを、栗島の家に置き去りにしたまま……。私、母親失格ね」

「――違う」


アオイは、思わず声を上げた。


「お母さんのせいじゃない。……多分、あの人が、意図的に」


栗島アキラ。

ハルトの記憶を消し、母の記憶を封じ、そして自分を"道具"としてこの数年間置き続けた男。


(全部、繋がってる……)


「お母さん」


アオイは、震える声で、それでも、まっすぐに母の目を見た。


「また会えて嬉しい…嬉しいよ……」

「うん……私も!」


母は、涙を拭いながら、深く頷いた。


「アオイに、隠すことなんて、もう何もない」


窓の外、灰色の海の上を、一羽の鳥が、静かに横切っていった。

長い間、凍りついていた何かが、今、確かに、動き始めていた。

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