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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第六章

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98話 ヒーローに救済を

「――チハル。お願い、こっちを見て」


アオイは、妹の頬に、そっと両手を添えた。

黒く染まりかけていた瞳が、焦点を失ったまま、宙をさまよっている。

だが、その奥に、まだ確かに、妹自身の光が残っているのがわかった。


「怖い夢を見てるだけだから。目を覚まして」


アオイの声が、震えながらも、確かな芯を持ち始める。


「覚えてる? 私が初めてこの家に来た日のこと」

「……ぁ……」

「あなたは私が来た事をとても喜んでくれた。私もあなたと過ごす毎日が、とても楽しかったんだ」


アオイの目に一筋の涙が浮かぶ。


「ねぇチハル。あなたにそんな力は必要ないの。だって、チハルは強い子。一人になってしまった私を救ってくれた、大切な妹なんだから」


その言葉に、チハルの体から立ち上っていた黒い陽炎が、ふっと、揺らいだ。


「お、ねえ、ちゃん……」


譫言ではない、はっきりとした声だった。


「うん。私だよ」


アオイが、涙を堪えながら微笑む。


「もう大丈夫。……ゆっくり休んで」


その瞬間、チハルの体を包んでいた黒い脈動が、まるで潮が引くように、すっと収まっていった。


見開かれていた瞳から力が抜け、瞼が、ゆっくりと閉じていく。


「……チハル?」


チハルの体が、糸が切れたように、アオイの腕の中へと崩れ落ちた。

穏やかな寝息が、静かに書斎に響く。


「――良かった……」


アオイは、妹を抱きしめたまま、深く息を吐いた。

全身から、力が抜けていくのがわかった。

だが、その安堵は、長くは続かなかった。


「感傷に浸っているところ申し訳ないが、主が今にも倒れそうになってるよ、アオイ」


アオイはアキラの言葉に顔を上げると、そこにはほとんどダメージを受けてないないアキラと、全身傷だらけのぼろ雑巾のようになっているハルトの姿があった。


「ハルト君!」


アオイは叫ぶ。


「よか……った。チハルちゃん……抑えられたん……だね」

「はい。……ハルト君、その状態で戦ってはいけません。あとは、私にお任せを」

「ダメだよ……アオイ……僕は……アオイと……チハルちゃんを……守るって……決め……た……」


ハルトはバタリと倒れてしまった。


「ハルト君!」


アオイはハルトを抱きかかえた。


「良い景色だよ、アオイ。この場でお前はまた、一人ぼっち。あの時の繰り返しだよ」

「……黙れ」

「あの時、君は何て言って泣いてたっけ」

「黙れ」

「……そうそう。そうだった。お母さん、私のこと忘れちゃったのぴえーんって静かに泣いてたねえ」

「黙れ黙れ」

「いやぁ。非常に惨めで滑稽な姿だったよ。君は強がるのが得意だ。おや? それはそこで転がっている主も同じだったかな?」

「黙れ黙れ……黙れ!」


アオイはそう言って、アキラに向けて強力な魔法を放つ。

しかし、アキラはひょいとそれを軽くかわしてしまった。


「ハハッ。せっかくだ。アオイにはいいものを見せてやろう」


アオイは気が付くと、アキラの右手に2本目の注射器が握られていた。

アオイは警戒してアキラから間合いを取る。


「もう、そんなに離れないでよ。冷たい娘だねぇ」


アキラはそう言いながらにやりと笑う。

二本目の注射器が、アキラ自身の首筋へと突き立てられていた。


「あ……ああああああッ……!!」


獣の咆哮のような絶叫が、書斎中に響き渡る。

アキラの体が、これまでとは比較にならない速度で膨張し、変貌していく。

灰色だった皮膚は黒く爛れ、背の翼は骨格ごと肥大化し、両腕からは、鋭い刃のような爪が伸びていった。


「アキラ……! なんで、自分にまで……!」

「アオイ、君のために俺は誠意を見せているのだよ! わかるかい!?」


譫言のような叫びにも、まだ幾ばくかの理性が残っているようだ。

しかし、彼の悪魔化の姿の金色の瞳は、赤黒く濁り、焦点を失っている。


「アキラ……!」


アオイが、倒れているチハルとハルトを庇うように立ちながら、悲鳴じみた声を上げた。

理性の残滓が、一瞬だけ、その顔に浮かぶ。

だが、それもすぐに、狂気の唸り声にかき消されていった。


「――ぐるるるるるッ……!」


もはや、言葉すら発することのない、完全な獣と化したアキラが、書斎の天井を突き破りながら、大きく身を反らした。

砕けた木材と埃が、辺り一面に降り注ぐ。


――結界の中に、閉じ込められたまま。


――外にいるはずの、アサとヒマリの助けも、まだ届かない。


咆哮を上げ続ける、正気を失った巨大な影を見上げながら、アオイは、高速で頭を回転させた。

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