11話 初コラボ
パラレルワールド、異界管理局、エクソシスト。
ハルトの頭の中は、今にもプシューと白煙を吹いてショートしてしまいそうなほどパンクしかけていた。
(だめだ、一度気分転換しよう……。日常に戻るんだ……)
現実逃避気味にそう考え、ハルトはポケットからスマホを取り出し、画面のロックを解除した。
確認したのは、SNSアプリ『Z』の自分のアカウントのお知らせ欄だ。
実は最近、YouTubeチャンネルの「お知らせ」通知が鳴り止まない。
アサと組んでからというもの、コメントや高評価の数が桁違いに増えたのだ。
もしかしたらこれも、アサの幸せを運ぶ魔法の効果かもしれない。
「……ん? DM?」
チャンネル公式として運用しているアカウントに、一件のダイレクトメッセージが届いていた。
差出人の名前は『ナルトch』。
アイコンは、鉄道模型をドアップで写した写真だ。
「ナルトch……ああ、知ってる。僕と同じくらいの登録者数の人だ」
動画は何度か見たことがある。
車両のモーター音や、走行音の録音(音鉄)に特化した、かなりマニアックなチャンネルだ。
メッセージを開くと、丁寧な長文が綴られていた。
『はじめまして、鉄道系動画を投稿しているナルトと申します。いつも銀次さんの動画を拝見しております。特に先日の東武線の動画、大変興味深く……(中略)……もしよろしければ、ちょうど同じ規模の鉄道旅行系YouTuber同士、対談コラボをさせていただけないでしょうか?』
「へぇ、コラボか……」
銀次にとって、YouTuberとのコラボは初めての経験だ。
悪い気はしない。むしろ、同好の士と語り合えるのは嬉しい。
「どうしたのよ。ニヤニヤして気持ち悪いからやめてくれないかしら?」
気が付けば、向かいの席でアサが残りのみそ汁をずずーっとすすりながら、ジト目でこちらを睨んでいた。
見事に空っぽになったステーキ丼の器が神々しい。
「ニヤニヤしてないしキモくない!……実は、コラボの誘いが来てさ」
「コラボ……!? おもしろそうじゃない! 私、他のYouTuberにも会ってみたいと思ってたのよ!」
どうやら腹が満たされたことで、アサの機嫌は完全に上向きになったらしい。
『コラボ』の三文字に、目をキラキラさせて好意的な食いつきを見せた。
「で、相手は誰なの?」
「ナルトchっていう人なんだけど……」
「ナルト……ラーメン……つけ麺もアリよね……」
「人の金でステーキ丼をガツガツ食べたあとに何を言ってるのかよく分からないけど、あんまりいい予感はしないな……」
ハルトがじりじりと後ずさろうとした瞬間、アサはバシッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「ハルトくん、今から醤油ラーメン食べに行くわよ!」
「ごめん次のじゅぎょグエッ!?」
「さぁ、私達を醤油ラーメンが待ってるわ!」
「わ、わーたから、襟首を引っ張らないで……ゴホッ」
その後、引きずられるようにして連行されたラーメン屋のカウンターで、ハルトは震える指で『Z』の返信を打った。
場所は都内の貸し会議室。日時は今週末。
こうして、銀次とアサの記念すべき初コラボが決定したのだった。
***
当日。
指定された都内の貸し会議室に、銀次とアサは到着した。
「どんな人かな? イケメンかな?」
(鉄道オタクにイケメンを期待しちゃあかん!)
ハルトは、そう心の中でツッコミを入れながら、ドアノブに手をかける。
「……あ、どうも」
ドアを開けると、一人の男がパイプ椅子に縮こまるようにして座っていた。
色褪せてよれよれのチェックシャツに、サイズの合っていないダボダボのジーンズ。
脂ぎった髪はボサボサに跳ねており、分厚い眼鏡の奥の目は、こちらを直視できずに落ち着きなくキョロキョロと泳いでいる。
典型的な、と言っては失礼だが、いわゆる『陰キャ』オーラを全身から発している、少し小汚い二十代の男性だった。
「はじめまして、ナルト……です……」
男はパイプ椅子からぎこちなく立ち上がり、ボソボソと聞き取りにくい声で挨拶をした。
「銀次です。今日はよろしくお願いします。こちらは……」
「アシスタントのアサです! よろしくお願いします、ナルトくん!」
「あ、はい……どうも……」
太陽のように眩しすぎるアサの笑顔と声量に、ナルトは「ひっ」と短く息を呑み、ドギマギと激しく視線を泳がせた。
明らかに女性の扱いに慣れていない挙動不審っぷりだ。
簡単な挨拶もそこそこに機材のセッティングを終え、二人は早速カメラを回し始める。
「おはようございます、銀次です」
「アサで〜す」
「……ナルトchです」
「今回の動画は、ナルトchとのコラボ企画ということで、鉄道プレゼンテーション対決をしていこうと思います!」
「イェイ!」
ナルトchは無言のままだ。
「ルールは簡単。審査員であるアサに、鉄道の自分の好きな部分の魅力を伝えられたほうが勝ちです」
動画が始まった。
先攻は、ハルトからだった。
「アサくん! あなたは、白いロマンスカーを知っていますか?」
「白いロマンスカー?」
「そう。スマホのこの写真を見てください」
「なにこれ! 白龍みたい!」
「これは、VSEと言って、小田急の観光用のロマンスカーなんだ」
ハルトの説明は短く簡潔だった。
その解説が、アサの興味を惹きつけ、最後まで楽しそうに話を聞いていた。
しかし、それをフッと、鼻で笑う音が微かにハルトの耳に届いた。
後攻のナルトchの順番になった。
「えー、今回自分が解説するのは、東武線の特急りょうもうに使用されている200型です」
ハルトは、そのセリフに微かな違和感を覚えた。
「普通の人だったら、ここでデザインとかの話をすると思うんですけど、特急りょうもう200型は、編成によってモーター音が違うんですよ」
こうして、ナルトchの説明が始まった。
こちらも、アサは楽しそうに聞いている。
だけど、なんだろう。
ハルトはそれに、微かな違和感を感じた。
嫉妬だろうか?
いや、嫉妬だけではない気もする。
ナルトchの口調は丁寧だ。
あくまで「アドバイス」という体を装っている。
だが、その節々には確実に「俺の方が知識がある」「お前は浅い」というマウントが見え隠れしているように感じた。
(なんだ、この感じ……)
ハルトは居心地の悪さを感じた。
アサを見ると、未だにニコニコと話を聞いていた。
「ナルトくんは鉄道についてとても詳しいのですね」
「ええ、まあ……。自分は小学校の頃から、毎週始発に乗って音を録り続けてますから。にわか……あ、いや、最近始めた方とは、積み重ねが違うというか」
「それはすごいじゃないですか。でも、少し不思議ですね」
「えっ……不思議、とは?」
「ナルトくんは小学生の頃から頑張っていて、そんなに知識もあるのに……なんで銀次くんとチャンネル登録者数が同じくらいなのかしら? 2500人もいるのはすごいことだと思いますけど、もっと人気が出てもおかしくないのに」
アサが放った純粋無垢な爆弾発言に、空気が凍りついた。
「ッ……!?」
ナルトchの顔が引きつる。
ハルトは慌ててフォローに入った。
「いや、本当! ナルトchさんの知識にはまだまだ及ばないところがいっぱいあって、本当にすごいと思いますよ!」
アサの何気ないその言葉は、確実にナルトchの急所を抉ったようだった。
ナルトchは数秒黙り込んだ後、乾いた笑い声を絞り出した。
「ハハ……まあ、自分のチャンネルは、「本物」をわかってくれる人のために動画を出してますから。大衆に迎合するような動画を作れば、そりゃあ数字はもっと出るでしょうけど……自分はそういう『媚び』は売りたくないんで」
その視線が一瞬、アサに向けられたのをハルトは見逃さなかった。
侮蔑と、嫉妬と、羨望が入り混じったような、粘着質な視線。
「……そろそろ、お時間ですね」
ハルトが締めに入り、撮影は終了した。
撤収作業中、ナルトchはほとんど口をきかなかった。
帰り際、彼は一瞬だけハルトの方を向き、ボソッと言った。
「……また、機会があれば」
その目が、全く笑っていなかったことに、銀次は寒気を覚えた。
***
数日後。
ナルトchの方で、コラボ動画が公開された。
ハルトは恐る恐る再生ボタンを押した。
「あれ?」
拍子抜けするほど、普通だった。
マウントを取っているような発言は綺麗にカットされ、和やかな対談に見えるよう編集されていた。
テロップも好意的で、銀次のチャンネルへのリンクもしっかり貼られている。
「なんだ……僕の考えすぎだったか」
ハルトは胸を撫で下ろした。
やはり、彼はただ不器用なだけで、根は真面目な鉄道好きなのかもしれない。
そう自分を納得させ、ハルトは「高評価」ボタンを押した。




