↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/152

96話 悪魔化の薬

屋敷の外では、アサとヒマリが、じりじりとした思いで時間を潰していた。


「――遅くない?」


アサが、腕時計に何度目かの視線を落とす。


「ハルト君達が入ってから、もう三十分は経ってるわ」

「ええ。何かあったら連絡が来るはずですが……」


ヒマリが、スマートフォンの画面を確認する。

だが、着信もメッセージも、何も入っていなかった。


「様子、見に行きましょう」


アサが、門扉に向かって足を踏み出した瞬間だった。


「――っ!?」


見えない壁に阻まれるように、アサの体が弾かれる。


「アサ!」


ヒマリが咄嗟にその体を支えた。

門の周囲一帯に、薄く歪んだ空気の膜のようなものが、微かに揺らめいている。


「結界……! いつの間に……!」


ヒマリが剣に変わるアクセサリーへと手を伸ばしながら、鋭くその輪郭を睨みつけた。


「切り裂けそう?」

「――かなり、精度の高い結界です。これは、片手間に張れるものじゃありません」


ヒマリの声に、初めて明確な焦りが滲んだ。


※※※


「養子……だって?」


ハルトの声が、掠れて低く沈んだ。


「ああ、そうさ。アオイは栗島家の人間でも、ましてや秋津家の人間でもない。俺たちとはまた違う、別の魔法使いの家の末裔だよ」


アキラは、その事実をまるで天気の話でもするかのように、あっさりと口にした。

ハルトはアオイの方を向いた。

アオイは下を向いてわずかに背中を丸め、小刻みに震えている。

何かに怯えているようなその姿を見て、ハルトは覚悟を決めた。


「おや、いい目をしているじゃないか、ハルト君」

「……アキラ」

「だが、君の行動はどうも、ワンテンポ遅い」

「何っ!?」


アキラの右手には、いつの間にか注射器のようなものが握られていた。

彼の左腕には、未だに父親の手から逃れようとするチハルが必死にもがいていた。


(まずい!)


ハルトは魔法を発動させながら、地面を勢いよく蹴り、アキラの方に飛ぶように向かう。


「戦いにおいて判断の遅れは致命的だ。なのになぜ君は判断が遅れるのか」


アキラはそう言いながら、注射をチハルの首に差し込んだ。


「それはね、ハルト君。君が弱いからだ」


「やめろっー!」


しかしながら、既に時は遅かった。


「アァー……グ……ア……アァー!?」


アキラの腕の中で、チハルが苦しそうにもがいている。

しかしそのもがき方が何かおかしい。

チハルの身体から放出される魔力量が急激に増え始めたのだ。

空気が、ビリビリと肌を刺すように張り詰めていく。

アキラはもう用済みとばかりにチハルを乱暴に解放する。

チハルはバタリと地面めがけて倒れ、彼女自身から出る負のオーラに彼女は飲み込まれていく。


「チハルちゃん!」


ハルトが叫び、駆け寄ろうとする。


「おっと……不用意に近づかない方がいいよ。もう遅いかもしれないけど」


アキラは、口元だけで笑いながら、そう言った。

アキラの言葉に、ハルトは足を止めた。

地面に倒れたチハルを包む黒い靄が、渦を巻くように濃さを増していく。

彼女の悲鳴は、もう言葉の形すら保っていなかった。


「何をしたんだ……!」

「なに、たいしたことじゃないさ。ただの薬だよ」


アキラは、空になった注射器を軽く指先で弾きながら、悪びれる様子もなく答える。


「薬……?」

「そう。人間を、悪魔に変える薬さ」

「――っ」


ハルトは、息を呑んだ。

ノートに記されていた「科学と魔術を組み合わせた研究」という一節が、頭の中で音を立てて繋がっていく。


「チハルは俺の可愛い娘、すなわち栗島家の後継者だ。この子には、俺の跡継ぎとして相応しい強めの薬を打っておいた。その分しばらくの間副作用に苦しむことになるだろうが、何も問題はない。強い力を手に入れたこの子は、俺と共に負のエネルギーで支配された混沌の人間社会を作るのだから」


アキラは、まるで我が子の進学先でも語るかのような、朗らかな口調でそう言った。

その温度差が、かえって背筋を凍らせる。


「なっ……!?」


ハルトは言葉が出てこなかった。


「どうして……」


アキラはなんでもないことのように首を振る。


「なんで? 面白いことを聞くじゃないか。科学の発展は常に犠牲がつきものなのだよ。インフォームドコンセントなんて、ふざけた言葉が世界に広まっているが、あんなもの私のような化学者からしたら全て偽善だ。人の命は救われるかもしれないが、本来ありえた人間の可能性を止めることに繋がる。わかるかハルト君、倫理なんてものは、命が惜しい弱者共の都合のいい言葉にすぎないのだよ」


淡々とした声には、狂気の欠片すら感じさせない、静かな確信があった。

それが、余計に恐ろしかった。


「っ……」


ハルトの喉の奥から、掠れた声が漏れる。


「――チハル!」


震える声で、名前を呼んだのはアオイだった。

恐怖に竦んでいたはずのその足が、気づけば、倒れ伏す妹へと向かって踏み出している。


「アオイ、危ない!」


ハルトが制止する間もなく、アオイは黒い靄の中へと、迷いなく手を伸ばした。


「……私は、あの子に、何もしてあげられなかった。だから、せめて今だけは」


その声には、これまで聞いたことのないような、強い響きがあった。


指先が、黒い靄に触れた瞬間――


パチン、と何かが弾けるような音が、部屋に響いた。


「おっと」


アキラが、興味深そうに目を細める。


「なるほど、これは非常に面白い発見だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。