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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第五章

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90話 臣下

「――で、だ」


カイトは、それまでの重い空気を振り払うように、軽い調子で言葉を継いだ。


「貴様らに一つ、提案がある」

「提案?」


ハルトが警戒しながら聞き返す。カイトは、腕輪をいじりながら、口の端を吊り上げた。


「俺様の臣下にならないか?」


あまりにあっさりとした物言いに、三人は一瞬、反応が遅れた。


「――は?」


アサが真っ先に声を上げる。


「臣下って、あなたね……」

「俺様がふざけてるとでも? これは本気の話だ」


カイトは、真剣な顔のまま続けた。


「お前らほどの力と頭脳を、このまま放っておくのは惜しい。もし俺様の下につくなら、貴様らに土産を用意してやる」

「土産?」

「浅野みゆきにかけられた封印。あれを解いてやってもよいぞ?」


その一言に、三人の表情が明らかに硬くなった。


「知ってるだろ。あの封印を解くには、術者本人の手が必要だ。栗島アキラ、ってな」


カイトは、こともなげに言った。


「あの男の居場所を知ってる奴は、今この世界にほとんどいない。だが俺様は知ってる」


ハルトは、思わず息を呑んだ。土方から告げられたばかりの、あの最優先事項――栗島アキラの捜索。それを、目の前の男は、いとも簡単に「知っている」と口にしたのだ。


「本当に、知ってるの……?」


アサの声が、わずかに震えていた。カイトは、それに対してただ、片方の眉を軽く上げただけだった。


「嘘だと思うなら、それでもいい。だがな、娘。俺様の臣下になれば、その情報は必ずお前に渡す。元人間とはいえ、今の俺様は悪魔だ。約束は必ず守ろう」


沈黙が落ちた。

アサは、拳を強く握りしめている。母――浅野おとはのことも、みゆきのことも、彼女にとってはずっと抱えてきた重荷だった。その解決の糸口が、目の前に差し出されている。

ハルトは、隣に立つアサの横顔を見た。何か言おうとして、しかし言葉が出てこなかった。

代わりに口を開いたのは、ヒマリだった。


「――カイトさん」


その声は、思いのほか落ち着いていた。


「ご提案、ありがたく思います。私達の力を認めてくださったことも、みゆきさんのことを気にかけてくださったことも」


ヒマリは、真っ直ぐにカイトを見据えた。


「その上で、お断りします」

「――ヒマリ先輩」


ハルトが驚いたようにヒマリを見る。だが、ヒマリの表情に迷いはなかった。


「アサ」

「……」


アサは、しばらく黙っていた。拳は、まだ固く握られたままだった。

だが、やがて、ゆっくりとそれを解く。


「……そうね。うん! 私も、同じ」


アサは、カイトへとまっすぐ視線を向けた。


「おばさんのことは、私達自身の手で何とかする。誰かの臣下になって手に入れるようなものじゃないわ」

「僕らには、僕らの考えがあります」


ハルトも、二人に続いて言葉を重ねた。


「だから――結構です」


三人の答えは、揃っていた。

カイトは、しばらくの間、無言だった。金色の瞳が、値踏みするように三人を見つめている。

やがて、彼は小さく――しかし、はっきりと笑った。


「……面白い」


拍子抜けするほど、あっさりとした反応だった。


「我が臣下に相応しい者はこうでなくてならぬ。うむ、気に入った。損得より、自分達の我を通す者はポイントが高いぞ?」


カイトは腕を組み、記念碑の台座から立ち上がった。


「まあいい。今日のところは、それで十分だ」

「今日のところは、って……」


ハルトが問い返すと、カイトは肩をすくめた。


「いつでも俺様を呼ぶがいい。貴様らが俺の軍門に下るのなら、王として歓迎してやろう」


そう言うと、カイトは踵を返し、灰色に沈んだ広場をゆっくりと歩き出した。


「一つだけ、忠告しておいてやる」


背を向けたまま、カイトは言葉を続けた。


「ファーベルは、そう遠くないうちに動く。お前らが今のままの覚悟で立ち向かえるかどうかは知らないが――その力は、己の筋を通すのに使うがよい」


言い終えると同時に、カイトが軽く指を鳴らした。

その瞬間、色を失っていた広場に、音が――喧騒が、堰を切ったように戻ってくる。噴水の代わりに設けられた石造りのモニュメントの周りを、何事もなかったかのように行き交う人々。カメラを構える観光客の声。遠くで鳴る車のクラクション。

灰色だった世界に、昼下がりの色彩が一気に流れ込んだ。

固有空間が解けたその一瞬、カイトの姿もまた、雑踏の中へと溶けるように消えていった。


「……行っちゃった」


ハルトが、呆然と呟く。周囲では、何事もなかったかのように、スーツ姿のビジネスマンや観光客たちが行き交っている。

ほんの数十秒前まで、ここで死闘が繰り広げられていたことを知る者は、誰一人としていない。


「本当に、何を考えてるのか分からない奴ね」


アサが、大きく息を吐きながら言った。だが、その声には、先ほどまでの張り詰めた響きはもうなかった。

三人は、しばらくの間、雑踏の真ん中に立ち尽くしたまま、東京駅の赤煉瓦の駅舎を、ただ見つめていた。

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