89話 真の目的
「まあ、座るがよい」
カイトは、近くにあった記念碑の台座を軽く叩いた。
腰を下ろせということらしい。
「……座れって、あなたね」
アサが眉をひそめる。
だが、カイトの纏う空気からは、もう先ほどまでの好戦的な圧はどこにも感じられなかった。
ハルトは一瞬迷ったが、結局、先ほどの戦闘で折れて倒れた街灯の残骸に腰を下ろした。
アサとヒマリも、警戒を解かないまま、それぞれ近くの花壇の縁石に距離を取って座る。
「――俺様の真の目的というものを、話してやろう」
カイトは、腕輪をいじりながら、静かにそう切り出した。
「本当の……目的?」
「うむ。俺様はいずれ、魔界を統べる王となる。そのために、あの世界に蔓延る"混沌"とやらを、根こそぎ排除するつもりだ」
淡々とした口調だったが、その言葉には、これまでの高笑いとは異質な、重みのようなものがあった。
「混沌を……排除? どういうこと」
ヒマリが問う。カイトは金色の瞳を細め、遠くを見るような目をした。
「聞きたいと言うなら話してやろう。長い話だ。俺様がまだこの力を得る前――ただの、何の変哲もない人間だった頃の話をな」
そう言うと、カイトは目を閉じた。
「二十年前のことだ。俺は、人間であった。それも、碌でもない環境で育った、ただの子供だ。虐げられ続け、いつしか、力さえあれば全て変えられると、そう思うようになっていた」
「……」
「そんな折に現れたのが、あの科学者だ」
「科学者……?」
「そうだ。貴様らが追っている、悪魔化人間の事件の原因となる薬を開発した人物でもあり、我らの参謀でもある男である」
「名前は、なんと?」
「……われらは、主から幹部一人一人に、悪魔名を授かり、お互いをその名で呼び合う。あの科学者は、マダーと呼ばれていた」
どうやら、そらがファーベルからスカイと呼ばれていたのも、それが理由のようである。
「そして奴も、俺様やスカイと同じように人間だった。奴の人間だった時の名は」
栗島アキラだ。
カイトは無表情な口調でそう言った。
「栗島……アキラ?」
「知っておるのか。まあよい、続きだ」
カイトは淡々と続けた。
「あの男は、俺に一本の注射を打った。"悪魔化の薬"とかいう、御大層な代物だ。何のためだったのか、今も正確には知らぬ。だが打たれた瞬間、俺の中に、途轍もない力が溢れてきた」
その声に、わずかな苦さが混じる。
「力がみなぎる。今の自分ならば、何でもできる。虐げてきた者共に、ようやく報いを与えられると思うと、喜びで頭がおかしくなりそうであった」
カイトは、そこで一度、小さく笑った。
だが、それはこれまでのような愉快そうな笑みではなく、どこか自嘲めいたものだった。
「――だが、途中で気づいてしまってな。あいつらとは、誰であったか。もはや、思い出せぬ」
三人は、言葉を挟めなかった。
「力とは、そういうものだ。持ちすぎれば、何のために持ったのかすら忘れる。俺様は気づいた時には、自分が何のために暴れているのかも分からぬまま、ただ力任せに魔界を蹂躙していた。目に映るもの全て、なぎ倒しながらな」
「……それで、どうなったの」
アサが、静かに問う。
「止められた。今の俺様の主――ファーベルにな」
カイトの声色が、わずかに変わった。
「あの男は、暴れるだけの俺様を、あっさりねじ伏せた。訳もわからず暴れる化け物に、初めて"格"というものの違いを見せつけられた。俺様はあの時、素直に膝をついたよ。この男になら従ってもよいと、そう思ったのだ」
「じゃあ、あなたは今もその人に忠誠を……」
ハルトが尋ねると、カイトは少し間を置いて、首を横に振った。
「表向きはな」
「――表向き?」
「ファーベルに拾われ、俺様は初めて、己の力に"意味"を与えられた気がした。だから最初は、心から従うつもりであった。だが、あの男の真の目的を知った時――俺様は、決めたのだ」
カイトは、目を開き、三人を真っ直ぐに見据えた。
「あの男は、混沌を望んでおる。この世界にも、魔界にも、際限のない混沌を撒き散らすことを、な。俺様が二十年前、何も分からぬまま暴れ回った、あの地獄そのものを――もっと大きな規模で、世界中に振り撒くつもりだ」
その言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。
「……冗談じゃない」
アサが低く呟く。
「冗談であれば、どれほど楽であったか」
カイトは、そこで初めて、皮肉げに口の端を歪めた。
「だから俺様は、ファーベルに従うふりをしながら、機を待つことにした。あの男を倒し、この俺様自身が魔界の頂点に立つ。二度と、あのような地獄を誰にも味わわせぬためにな」
沈黙が落ちた。
灰色に沈んだ広場には、風の音すらない。外の世界から切り離された静寂だけが、重く場に居座っていた。
「……なんで、それを私達に話すの」
アサが、警戒を滲ませたまま問う。カイトは、それに答える代わりに、ゆっくりと立ち上がった。
「さてな。強いて言うならば――」
金色の瞳が、三人を順に見渡す。
「貴様らが、いい"太刀"であったからだ。それ以上でも以下でもない」
はぐらかすようなその言葉に、ハルトたちは互いに顔を見合わせるしかなかった。
この男が本当は何を考えているのか、まだ何一つ、分かっていなかった。




