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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第五章

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88話 王との戦い

最初に動いたのは、ヒマリだった。


「――退かない!」


懐から取り出した護符が、宙で幾重にも重なり合い、淡い光の壁を形成する。カイトの拳がそれに叩き込まれると同時に、灰色に沈んだ丸の内広場に、石畳の敷石が浮き上がるほどの衝撃波が走った。


「ぐ……っ!」


結界は罅割れながらも、かろうじて一撃を受け流す。だがヒマリの足元は、衝撃だけで石畳ごと深くえぐれていた。


「まだまだ甘いぞ、娘!」


カイトの声が、駅舎の赤煉瓦の壁に反響する。姿はすでにヒマリの真横――踏み込みの速さは、目で追うことすら許さない。


「先輩から離れろ!」


叫びながら、ハルトが割り込む。

右手に集めた光が、これまでのどの魔法よりも密度を増していた。

あの日、アサを守るために目覚めた力――それが今、確かにハルトの制御下にある。


放たれた光弾が、カイトの脇腹を捉える。


「ほう」


カイトは初めて、わずかに体勢を崩した。

だが、それも一瞬だった。


「悪くない威力だ。だが、まだ――」


言い終わる前に、カイトの姿がまた掻き消える。

次の瞬間、彼はもうハルトの目の前にいた。

振り上げられた拳。避ける時間はない。


「――そこまでよ」


割り込んだのは、アサだった。

彼女が右手を薙いだ瞬間、空間そのものが小さく軋んだ。

確率が歪む。

カイトの拳は、ハルトの頬をかすめる寸前で、わずかに――本当にわずかに、軌道を逸れた。


「なっ……!?」


カイトが、初めて驚いたような声を上げる。


「今の、避けたんじゃない。当たらなかったのよ」


アサは息を切らしながらも、口元にだけ小さな笑みを浮かべた。


「確率を歪める。私の魔法は、そういうものだから」


「……ほお。面白いではないか」


カイトは距離を取り、三人を見渡した。

金色の瞳の奥に、明らかな愉悦の色が浮かんでいる。


「なら、これはどうだ」


腕輪が、今までで一番強く輝いた。

広場全体の空気が唸りを上げ、近くにあった記念碑の台座が、衝撃だけで軋みながら浮き上がる。


「アサ、確率だけじゃ受けきれない! 先輩、結界を――」

「言われなくても!」


ヒマリが叫びながら、両手に護符を束ねて構える。

刻まれた術式が、光の粒子となって空中に幾何学の模様を描き始めた。


「三人で――!」


誰からともなく、その言葉が重なった。


ハルトが前に出て光の盾を展開し、その内側にアサの歪みの魔法が重なり、さらにヒマリの結界がそれを補強する。

三種の異なる力が、初めて一つの形として噛み合った瞬間だった。


カイトの一撃が、その三重の防御に叩き込まれる。


轟音。


土煙――否、砕けた石畳の破片と光の粒子が周囲に舞い散り、近くの街灯が根元から折れて倒れ込んだ。


「――っ、はぁ……っ」


ハルトは膝をつきかけながらも、なんとか踏みとどまった。

両隣で、アサとヒマリも荒い呼吸を繰り返している。

だが、三人とも、まだ立っていた。


土煙の向こうから、ゆっくりとカイトが姿を現す。


その表情に、先ほどまでの嘲るような余裕は――なかった。


代わりにあったのは、値踏みするような、それでいてどこか満足げな、静かな笑みだった。


「――ふむ」


カイトは、腕輪の輝きをゆっくりと収めながら、そう呟いた。


「いい太刀を持つ者達だ」


その一言に、三人は思わず顔を見合わせた。


「俺様の目に狂いはなかったようだな」


言うと同時に、カイトは軽く手を振った。

まるでそれで全てが終わったとでも言うように、周囲に立ち込めていた威圧的な魔力の気配が、嘘のようにかき消えていく。


「……え?」


ハルトが、構えを解けないまま声を漏らした。


「終わり、ですか……?」

「ああ、終わりだ。これ以上は、時間の無駄というものだろう」


カイトはあくびを一つして、近くにあった記念碑の台座に、軽く腰を下ろした。

まるで、たった今まで殺し合いをしていたことなど忘れたかのような、あまりに気の抜けた仕草だった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こっちは本気で――」


アサが声を荒げるが、カイトはひらひらと手を振ってそれを遮った。


「安心しろ、遊びはこれで終いだ。だが、貴様らをここに呼んだ本題は、まだ済んでおらぬ」


「……本題?」


ヒマリが、警戒を解かないまま問い返す。

カイトは、金色の瞳をわずかに細めた。


「そうだ。むしろ、ここからが本番――貴様らに、聞いてもらいたい話がある」


その声には、先ほどまでの好戦的な響きはどこにもなかった。

代わりに滲んでいたのは、どこか低く、静かな――何かを覚悟したような色だった。


三人は、まだ整わない息のまま、互いに顔を見合わせた。


戦いは、あまりにも唐突に幕を下ろした。

だが目の前の"金色の魔王"が、まだこの場を去るつもりがないことだけは、はっきりと分かった。

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