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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第五章

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87話 東京駅

指定された場所は、都心のド真ん中、東京駅丸の内広場だった。


昼時ということもあり、赤煉瓦の駅舎を背に、広場には人が絶えず行き交っている。

スーツ姿のビジネスマン、昼食を求めて歩く会社員、カメラを構える観光客。

噴水の周りにはベンチがあり、そこかしこで談笑する声が聞こえる。

どこにでもある、平和な昼下がりの光景だった。


ハルト、アサ、ヒマリの三人は、その雑踏の真ん中に立っていた。


「……本当に、こんな場所で」


ハルトが呟く。

声は思ったよりも掠れていた。


「土方さんの手配した部隊は、周辺の建物に分散して待機してる。何かあれば、すぐに動けるようにって」


アサが淡々と答える。

だが、その声にもわずかな硬さが滲んでいた。


「こんなに人がいるところで、戦闘になんてなったら――」


ハルトが言いかけたところで、ヒマリが小さく首を振った。


「たぶん、それは心配ないと思います」

「……どういう意味ですか?」


ヒマリは、何も言わなかった。

ただ、いつもより一段低い位置に視線を落としたまま、じっと雑踏の奥を見つめている。

三人の中で、誰よりも「カイト」という名前に反応していたのは彼女だった。


不意に、その視線の先――東京駅の正面玄関、丸の内中央口のど真ん中に、一人の男がにやりと笑いながら立っていた。


いつからそこにいたのか、誰も気づかなかった。

周囲を歩く人々もまた、彼に一瞥もくれない。

まるで最初からそこにいる風景の一部であるかのように、誰の意識にも引っかからずに存在していた。


だが、ハルトたちには、はっきりと見えていた。


金色の瞳。気だるげに崩れた立ち姿。

手首には、鈍い光を放つ金色の腕輪。


見た目は、ただの通行人と変わらない。

スーツにも似た装いで、傍から見れば休憩中の会社員にしか映らないだろう。

だが、その気配だけは、どうやっても人間のそれではなかった。


金色の瞳の男は、一歩、また一歩とハルト達に向けて歩みを進める。

動かないハルト達。


男が三人に、ある程度近づいたとき、男は足を止め、両腕をゆっくりと広げてみせた。


「――我が名はカイト。いずれ王となる者である」


芝居がかった、それでいて欠片の疑いも持っていないような口ぶりだった。


「待っていたぞ」


カイトが、ゆっくりと首を動かす。

三人を順に見渡す視線は、値踏みするような、それでいてどこか楽しげなものだった。


「久しぶりだな、雑魚共。手紙の通り、ちゃんと三人揃って来るとはな」

「お前、この人混みの中で……」


ハルトが警戒しながら周囲を見渡す。

誰も、カイトの異様さに気づいていない。

すぐそばを通り過ぎるOLも、ベビーカーを押す母親も、まるで彼の姿が視界に入っていないかのようだった。


「これか」


カイトは、自分の姿を指差して、面倒くさそうに肩をすくめた。


「見つからないように、多少小細工はしてある。王を目指す者は、民からの注目を容易に浴びてしまうからな」

「……気配を、人間の認識から外してるってこと?」


アサが低く問う。


「察しがいいではないか。周りの連中には、俺様も貴様ら雑魚共も、ただの雑談中の若者にしか見えておらぬ。安心するがよい」


「用件は」


アサが前に出て、迷いなく問う。

カイトはそれに、片方の口の端だけを吊り上げた。


「ことを急ぐでないぞ、浅野の娘」


カイトはそう言うと、値踏みするような目つきのまま、三人の周囲をゆっくりと歩き始めた。


「ほう……」


その視線が、ハルトの左腕――かつて深く抉られ、今は完治しているはずのその場所で、一瞬止まった。


「その腕、負傷しているのか……? いや……違うな。むしろその逆か」


「……何が言いたい」


「しばらく見ない間に、ずいぶんと様変わりしたもんだと思ってな」


カイトは足を止め、腕を組んだ。


「貴様ら三人、揃いも揃って魔力の質が変わっておるな。特にそこの坊主だ。前に感じた時とは、まるで別人の匂いがするではないか」


カイトはそう言って、フハハハと高笑いをあげる。

ハルトは、思わず息を呑んだ。

カイトの視線は、まるで奥底まで見透かすようだった。


「浅野の娘の確率を歪める力も、以前よりずいぶんと精度が上がっているようだ。それと――」


カイトの目が、最後にヒマリへと向く。


「貴様は、変わらず律儀に組織の役割を背負ってるようだな」

「……あなたには関係ないでしょう」


ヒマリが低く返す。

だが、カイトはにやりと笑い返す。


「だが、いい力を持つようになったではないか。貴様が一番遊びがいがありそうだ」


しばらくの沈黙のあと、カイトは大きく息を吐き、両腕を広げた。


「――よかろう」


「え?」


ハルトが聞き返す。

カイトは、金色の瞳を細めて笑った。


「悪くない。悪くないではないか、貴様ら。ちょうど、俺様も暇を持て余していたところだ」


腕輪が、鈍く輝きを増していく。


「暇つぶしに遊んでやろうではないか。貴様らがどこまでその力を伸ばしたのか、王を目指す者である俺様が直々に試してやろう」


「……それが、本題かしら?」


アサが、警戒を解かないまま問う。


「だから事を急ぐなと言っておるだろう、娘。物事には、順番と言うものがある」


カイトは、そう言うと、指を一つ鳴らした。

その瞬間――世界が、変わった。

周囲を行き交っていた人々の姿が、噴水の水音が、車のクラクションが、すべて一瞬で掻き消える。


代わりに広がったのは、色のない、灰色がかった丸の内広場だった。

景色そのものは変わらない。

だが、人の気配だけが、綺麗さっぱり抜け落ちている。

まるで、街ごと時間が止まったかのようだった。


「誰にも邪魔されたくないのでな。結界を張らせてもらったぞ」


カイトが、片手を軽く広げながら言った。


「安心するがよい。外の連中では何も見たり聞いたりすることはできぬ。俺様の固有空間はそこらの雑魚が作るそれより、頑丈なのでな。多少派手にやっても文句を言うものは誰もいまい」


「……この空間ごと、周りから切り離したっていうの」


アサが、周囲を見渡しながら呟く。灰色に沈んだ丸の内広場は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


「貴様ら人間もよく使う魔法だろう? 何も案ずることはない」


カイトは、金色の腕輪を軽く撫でながら、口の端を吊り上げた。


「安心しろ。貴様を殺すことはしない。……貴様らとの戦いが退屈でなければな」


言葉が終わると同時に、カイトの姿が掻き消えた。


「――来る!」


叫んだのはアサだった。

彼女が右手を掲げた瞬間、目には見えない何かが、確率ごと歪んで空間に軋みを生む。


ハルトの視界の端で、光が弾けた。

ヒマリが咄嗟に展開した護符の結界が、カイトの一撃を受け止め、そして――軋みながら罅割れていく。


「重い……!」


ヒマリが歯を食いしばりながら呻く。

三人がかりで受けた一撃だというのに、それでもなお押し込まれていた。


「ハハッ、いいぞ。前はこの程度、受けることすらできなかったはずだ」


灰色に染まった広場の向こうから、愉快そうな声が響く。


「だが、まだまだだ。俺様を満足させるには、程遠いぞ!」


三人は、互いに視線を交わすことなく、それぞれの位置へと散った。

呼吸を合わせずとも、もう身体が覚えている。

積み重ねてきた時間の分だけ、確かに何かが変わっていた。


人気のない、灰色に沈んだ丸の内広場で、三人と一体の"金色の魔王"による、静かな試合が――今、幕を開けようとしていた。

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